信州大学特任教授の山口真由氏は「一見すると平和的な“パンダ返還”の裏に、中国外交と権力構造の変質が透けて見える」と指摘する。(以下、山口氏の寄稿)
◆様相を変える中国のパンダ外交

ところが、中国の「パンダ外交」は第2期に特異な展開を見せる。鄧小平時代の1984年以降、パンダはギフトではなくレンタルになった。ファイナンスリースの仕組みを借りて、貸与される個体のみならず、その子の所有権まで留保しながら、莫大なレンタル料を貸し手にもたらす〝金融商品〞に大化けしたのだ。資本主義に最も適合的な〝動物外交〞が共産主義国によって考案されたのは皮肉な話だが、それはグローバル市場の最大の受益者となったこの時代の中国とも重なる。天安門事件を乗り越えて経済の足場を固めるべく、当時の中国はパンダのように国際社会で全方位に愛嬌を振りまいていた。
◆狼の牙の向かう先は意外にも…
その様相は、第3期に分類される’10年くらいから変化する。パンダが外交圧力として用いられるようになっていく。例えば、オバマ大統領がダライ・ラマと会談した’10年、中国はアメリカのパンダを引き揚げさせ、また、中国人を多く乗せたマレーシア航空370便が墜落した’14年には、マレーシアへのパンダの貸与を一時遅らせた。さらに、’17年以降、パンダの代わりに送り込まれるのは〝戦狼〞型の外交官になる。「汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやる」と高市総理に吐き捨てた薛剣総領事をはじめ、国際協調のそぶりをかなぐり捨てた大国は、自国の利益最大化のためには臆面もない。だが、狼の牙の向かう先は、現時点においてむしろ国内のようだ。事実、中国の急速な軍拡の直接の犠牲者は、近隣諸国というより、張又俠や劉振立など粛清が続く軍幹部のほうだろう。狼の群れには〝アルファ〞と呼ばれるリーダーを頂点とする序列があるというが、習近平に対抗する軍幹部の粛清は、この序列をめぐる内部抗争にも見える。
もし近い将来にこの権力闘争が集結し、中国という巨大な群れを率いる〝アルファ〞として習近平が国際社会に牙を剝く日が来るのなら、進化の過程で肉食から草食になったパンダという平和主義者たちは何を思うのだろう。

【山口真由】
1983年、北海道生まれ。’06年、大学卒業後に財務省入省。法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。帰国後、東京大学大学院博士課程を修了し、’21年、信州大学特任教授に就任

