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【ブレイディみかこさんインタビュー〈前編〉】「共感」とも「寄り添う」とも違う 大人が知っておきたい「エンパシー」って何?

【ブレイディみかこさんインタビュー〈前編〉】「共感」とも「寄り添う」とも違う 大人が知っておきたい「エンパシー」って何?

代表作『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で知られるライターでコラムニストのブレイディみかこさんは、イギリスで暮らして30年近くになります。「エンパシー」という考え方を日本に紹介した彼女の最新エッセイ集『SISTER ❝FOOT❞EMPATHY(シスター❝フット❞エンパシー)』では、コロナ禍が明けて混沌とする世相の中、女性たちがもっと自由になるためにどうすればいいのかを、ブレイディさんの視点で展開します。 そもそも「エンパシー」って何!? 耳にしたことはあるけど、ピンとこない、実際に暮らしとどう結びつくのかわからない、という方も多いのでは? でもエンパシーを理解すれば、コミュニケーションや社会のなかで助けになることが。改めて「エンパシー」をキーワードに、うかがいました。

ブレイディさん近影 ⒸShu Tomioka

嫌いな人でも相手の立場になれる?
「いいね」とは違う想像力のスキル

―――最新エッセイ『SISTER❝FOOT❞EMPATHY(シスター❝フット❞エンパシー)』は、タイトルに二つの意味がかけられていますね。「女性どうしのつながり」や「姉妹のような関係」という「シスターフッド」に、足を意味する「フット」をかけ合わせています。そこに「エンパシー」が加わって、前向きなメッセージが伝わってきます。「エンパシー」について、詳しく教えてください。

ブレイディみかこさん(以下、ブレイディ) この本のタイトルは、連載のオファー(2022年から『SPUR』に掲載中)があったときに編集者がつけていました。私は「地べた」や「他人の靴をはく」とあちこちで書いていたので、そのダジャレのセンスのベタさに惹かれたのと、これは私が書かないと誰が書くんだと感じて、連載を引き受けました。これまでも、「エンパシー」についてよく聞かれますが、私はエンパシーの伝道師になるつもりはないんですよ(笑)。たまたま私が書いた『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のなかで、「エンパシー」についていくつかのエピソードを紹介しました。といっても、5ページぐらいなんです。息子が中学校の授業で、「エンパシーとは何か?」という課題があり、それについて彼が「エンパシーとは他人の靴をはくこと」だと答えたことを本で紹介しました。「他人の靴をはく」は息子のオリジナルではなくて、欧米圏でよく使われるメタファー(暗喩)なんです。

―――わかりやすいたとえ、ということですね。「エンパシー」を辞書で引くと、「相手に共感する」と訳されていて、「シンパシー」と同じような意味かと思われがちですが……。

ブレイディ それが似て非なるものでして。私が語学学校に通っていたときに英語検定試験を受けたら、「シンパシー」と「エンパシー」の違いは何か?という問題が出題されました。日本語に訳すとどちらも「共感」なんですが、微妙に違うのです。「シンパシー」は相手に同情したり、賛成したり、共鳴したり、努力しなくてもすっと気持ちが入っていく感じ。つまり精神的で感情的な共感なのです。対する「エンパシー」は、相手の立場に立って想像する能力やスキルを擁します。つまり、他者への想像力を働かせるアビリティ(能力)のことです。

―――「シンパシー」は感じられても、「エンパシー」は難しそうですね。

ブレイディ 「シンパシー」は”あの人、感じいいわね”ぐらいの感情で努力はいらないのですが、逆に教えることはできないものです。対する「エンパシー」は、ひと頑張りいるし、身につけたり、伸ばしたりできる。アビリティだから、訓練できるのです。とはいえ、自分が嫌いな人の立場に立って何かを考えたくはないでしょう。でも、それをするのが「エンパシー」。ひと頑張りするのは面倒ですが、やってみるしかないのです。

―――ここ最近「寄り添う」という言葉をよく聞くようになりましたが、これは「エンパシー」とは違うものですか?

ブレイディ ちょっと違うと思います。なぜなら、たとえ寄り添って隣にいても、相手のことを分かっていなかったり、正しく想像できていないかもしれない。「エンパシー」はもっと知的能力が必要だと思います。「エンパシー」という言葉は、アメリカのオバマ元大統領が演説などでよく使っていました。それが英語圏ではまた今になって甦ってきている感じです。その反動で「エンパシー」を否定する『反共感論』という本が話題になり、これは日本でも予約できます。

―――「エンパシー」はポジティブにも、ネガティブにもなるのですね。

ブレイディ ネガティブな面でいえば、「エンパシー」を天才的に上手に使うのが、詐欺師だったりしますね。結婚詐欺師は、ターゲットの立場に立って心情を想像して、なんて言われたらうれしいのかを考えます。正確にエンパシーを使って想像しているから、ターゲットをうまく引っ掛けることができるというか。「エンパシー」は使い方によっては、より理解を深めるとか仲良くするというポジティブだけではなく、使い方ひとつでネガティブに悪用もできるのです。

分断、貧困、格差社会……
今こそ、ひとりひとりが身につけたい「エンパシー」

ⓒUndrey/PIXTA

ブレイディさんはイギリスに暮らして来年で30年目。「エンパシー」への気づきは、イギリスの社会背景とリンクして、日々の暮らしに大きな影響を感じるそうです。

―――ブレイディさんが「エンパシー」をメディアで伝え始めたころ、 お住まいのあるイギリスはどんな状況でしたか?
ブレイディ ちょうどイギリスがEUから離脱するかしないかでもめていたころでした。国民投票で決定するとは決まったものの、詳しいことが未定で。人々が激しく分断されていました。EU離脱後には、排外主義的なレイシズム(人種差別主義・民族差別主義)も一般的に高まった時期だったので、切実に「エンパシー」が大事だということになりました。社会がすごくギスギスしていて、みんな対立して分断していました。意思を投げ合うだけで、EU離脱の仕方ですら意見がまとまらなかったのです。こんなときこそ「エンパシー」だと思い出して、離脱派と残留派でいがみ合っているだけではなく、違う意見の人の立場に立って考えてみることでしか、社会全体がまわっていかないことに気づいたんでしょうね。息子の中学のシティズンシップの授業で、その言葉の意味を教えていたぐらいですから。

―――イギリスと具体的な状況は違うかもしれませんが、日本でもいま、貧困や格差、現役世代と高齢者などの分断が問題になってきました。

ブレイディ だから、「エンパシー」が日本でもすごく切実に必要とされている気がします。個人的には「エンパシー」には飽きていたんですよ(笑)。5年も6年も前に書いた本について、いつまで引きずっているんだと、思われていそうで。それでも、日本の人たちが興味関心を持っているということは、日本でいま「エンパシー」がすごく必要なことだと思うんです。

―――政治が不安定で、物価高や米の高騰、所得格差の問題が顕在化してきました。さらには極端な政策や思想を唱える政党が一躍注目を浴びたり、移民の問題もあります。

ブレイディ 日本でもいよいよ「エンパシー」がないと世の中が良い方向に回っていかなくなりつつあります。そう思うからこそ、私が「エンパシー大使」になって(笑)、書いたり、しゃべったりしているんじゃないですかね。

ブレイディみかこ

ライター、コラムニスト 1996年からイギリス在住。2017年『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で第16回新潮ドキュメント賞受賞。2018年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞、第2回Yahoo!ニュース/本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。小説作品は『私労働小説 ザ・ショット・ジョブ』や『両手にトカレフ』など。近著には『地べたから考える――世界はそこだけじゃないから』。BBC放送の連続TVドラマ『EastEnders(イーストエンダーズ)』の大ファン。

ⒸShu Tomioka

『SISTER ❝FOOT❞ EMPATHY(シスター❝フット❞ エンパシー)』

著/ブレイディみかこ
¥1,600+税(集英社)

「他者の靴をはく」ように相手の立場に立ち、理解し合う。エンパシー力とシスターフッド力をかけ合わせたら、きっと人生が好転する。そう信じたくなる一冊。アイスランド発の「ウィメンズ・ストライキ」の女性たちの結束をはじめ、シスターフッドのドレスコードについて、焼き芋とドーナツから考える労働環境など、読むと❝自分らしく生きてみよう❞と力が湧いてくる39篇のエッセイを収録。



取材・文/田村幸子

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