一方、SNSにおける日々の発信などからもわかるように、一風変わった女性でもある。今をときめく美少女の、驚きの半生に耳を傾けた。

◆「ポーチ」を持ち歩くファンたち
――髙橋さんのファンは、非常に結束が固いことで知られていますよね。髙橋七瀬さん:そうですね。不定期ですが、オフ会のようなものを開催していて、ファン同士もみんな仲が良いです。これは私の好みと被るのですが、おじさんが好きなんですよね。
――若くてきれいなモデルさんたちが言う「おじさん」って、いわゆるイケオジ限定だったりしませんか?
髙橋七瀬さん:私に限ってはそれはないですね。うだつが上がらない、元気もなければ自分に自信もない――そんなおじさんに惹かれるんです。私を応援してくれる人は、そういう方が多くて(笑)。おまけに私がとてもおっちょこちょいで、物をよく失くすのをみんな知っているので、コアなファンはひとり1個必ずポーチを持ち歩いていて、そのなかに生理用品とかメイク用品が入っていて、私が失くしたときにすぐに出してくれるんです。今、ファンと交流しているときが一番幸せかもしれないですね。
◆医学部受験のため、自由を奪われた幼少期

髙橋七瀬さん:自分でも意識したことはなかったのですが、おそらく母子家庭でずっと過ごしたことが関係しているかもしれません。生活のなかに父親がいないことに対して、コンプレックスがあるのでしょう。
私が4歳くらいのときに両親は離婚しました。かといって母との関係性は必ずしもよくなく、私を手元に置いておきたい母から、ときには軟禁のような状態にされることもしばしばありました。もちろん、殴られることは日常茶飯事です。
――差し支えなければ、お母様とのお話を聞かせていただけますか。
髙橋七瀬さん:茨城県の、両親とも医師という家庭に生まれました。離婚の話し合いのとき、母が「お前なんかいなくても食っていけるんだよ、バカ」と父に向かって吐き捨てるのをみて、子どもながらに「かっこいいな」なんて思ったりしたのを覚えています。
家庭に入るまで医師として働いていた母ですが、その後は学習塾で働いていたと思います。また、非常に教育にお金をかけてくれていて、幼稚園から塾に通っていました。国立の小中一貫校に受験をして入り、医学部を目指して勉強をしていたので、放課後に遊んだ記憶もほとんどありません。

