◆細木数子が「結婚と出産」に執心したワケ

「私がまだ中学生のころに、母からお見合いを勧められました。そのときは冗談かと思いましたが、母は本気で。何を考えているんだろうと思いましたが、なんだかんだで10代のうちに10人以上の男性とお見合いをしましたね。一番年上だと、ひと回りくらい上の方と会ったこともありました。
実際、私が中学二年生のころに母から紹介された6歳上の男性と、19歳で結婚しました。彼は一般家庭の感覚を持つ、本当に普通の男性です。子どもも早くに授かったので、20歳前後で3人の子育てをするのはとても大変でした。世の中に置いて行かれるような孤独感もありましたね。でも、いまは家族みんなで幸せに暮らしているので、私にとってはありがたい助言だったと思っています」
若いうちの結婚や出産に強いこだわりを持っていた数子さんだが、その背景には、彼女が生き抜いた激動の人生があった。
「母は、女性の幸せは子どもを生み育てることだと言い続けていました。それが女性の役割であり、子孫繁栄がこの国においてなによりも重要なのだと。しかし、母自身がそれを成せず、女性ひとりの力で厳しい世の中を生きていかなければならなかった。財も地位も手に入れたけれど、母が一番欲していたのは、お金では決して買うことのできない“家族”だったのかもしれません」
◆細木数子には「なれないし、なりたくない(笑)」
1982年に刊行がスタートした数子さんの著書「六星占術シリーズ」は、累計発行部数1億部を突破し、「世界で最も売れている占い本」としてギネス世界記録に認定。テレビでは“視聴率女王”と謳われ、一躍時の人となった。誰もが認める日本一有名な占い師、細木数子。そんな数子さんから後継者として直々に指名されていたかおりさんだが、その後を継ぐことには抵抗があったという。
「私はどう頑張っても母のようにはなれないし、なりたくない(笑)。後継ぎは無理だろうと思っていました。でも、母から『細木数子にならなくていい。六星占術と、私の理念、信念を継承してほしい』と言われ、気持ちにも少しずつ変化があらわれ始めました。
母が一番大事にしていたのは、お客様と一対一でおこなう個人鑑定でした。そこは母とお客様だけの空間で、数十年在籍しているベテランスタッフでも中には入れてもらえません。でも、ある日から、その神聖な場所に私を招き入れてくれるようになったのです。母は本気で私を後継者にしようとしているんだなと思いました」
誰も足を踏み入れたことのない、個人鑑定の場に同席することとなったかおりさん。数子さんと依頼者のやり取りを一番近くで見守り続け、感じたこととは。
「皆さんが思い描く細木数子は、毒舌で、誰に対しても威張り散らしているような女性だったかもしれません。でも、お客様に寄り添う母の姿勢や、何度も足を運ぶうちに笑顔を取り戻していく方々を見て、やりがいのある仕事だと感じました。自分なりのやり方、発信の仕方でよいのであれば、私にもできるかもしれないと思い、30代後半で後を継ぐ決意をしました」

