◆思いとニーズが一致したとき、「生きる意味」が見える
──そのことは表現者としての斎藤さんに、どのような気づきを与えてくれましたか?斎藤:すべての職業に言えるのかなと思うんですけど、僕自身の仕事も、ニーズがなければただの自称役者でしかありません。でも先生のように自分の思いとニーズが一致したとき、それこそ大げさじゃなく「生きる意味」が見える。
作り手側にも立つ人間として、自分に酔いしれるのではなく、誰かのきっかけをつくり続け、役割を与え続けられる人でありたい。芸能界というのは特に、本当の「支えている人」っていうのは視聴者からは見えない、そういう世界だなと感じます。先生は芸能界とは違いますが、まさに「本当の縁の下の力持ち」。そこに光を当てようとする、このプロジェクト自体にも強く惹かれました。
◆僕らの世代は一度、駆逐されるべきだ
──芸能界における「支えている人」の話が出ましたが、一方で本編にはいわゆる昔ながらの業界の様子も登場します。斎藤さんは(※4)業界の環境改革に取り組んでいることでも知られていますが、そんな斎藤さんでも改めて振り返ると、流されていた時期はありますか?斎藤:僕らの世代というのは、古き良きとは言えない業界の体制が残っていました。それを「こういうもんだな」と受け入れてきた時間はあると思います。本当の意味で業界をクリーンにするなら、旧態依然を受容してしまった僕らが駆逐されないと、新しい健全さは生まれないと思います。あとはもうどうにか意識を変えていくしかない。

斎藤:僕はいま、年の半分は表の仕事をしつつ、もう半分は裏方の仕事にスケジュールを割り振っています。それまでは「業界たるもの」といった考えに僕も見て見ぬふりをしていた瞬間があったと思うんです。
Netflix作品(※5)『ヒヤマケンタロウの妊娠』で男性妊娠という役に向き合い、重りをつけた妊婦体験を重ねるうちに、撮影のない日でも街を歩く視点が大きく変わっていったんです。女性は結婚か出産っていう喜ばしいタイミングで、なぜ、キャリアと距離を置かなければいけないのか。映像業界は多くの女性の才能に支えられてきながら、そういった才能が去っていってしまう。ならば、小さなお子さんがいるスタッフのために、現場に託児スペースを設けられないかと考えました。
現場での食事改善も同様で、撮影現場では数か月同じお弁当を食べ続けるのに、予算の中で一番先に削られ、栄養バランスは度外視されてしまうのはなぜだろうと思って。まずは、栄養士に相談し、納豆やお味噌汁を現場に置くことから始めました。

