
脳腫瘍の手術と経済的理由で大学進学を断念し、借金を抱えながら飛び込んだフルコミッションの営業職。しかし、知識も経験もない若者に世間は甘くありません。サボり癖がつき、給料日には洗礼を受けます。何もかもうまくいかず、すぐに退職してしまったこのドン底経験こそが、皮肉にも「自分から売り込まなくても、相手から欲しがられる仕組み(マーケティング)」を考えるきっかけになったと、わかさ生活創業者の⻆谷建耀知氏はいいます。同氏の著書『誰でもできる! 結果に繋がる超・マーケティング思考 すべての答えは個客の中にある』(アスコム)より、その経験とマーケティング思考の軸をみていきます。
学歴は高卒。脳腫瘍の手術痕のせいか30社近く不採用に…
「マーケティングの原点」を体験したからといって、すべてのことがうまくできるようになったわけではありません。
学生時代は朝は新聞配達、放課後は中華料理店、日曜日は町工場で工場のライン工、など様々なアルバイトをしていました。お米屋さんでアルバイトをしていた時、兵庫から千葉まで米を運ぶ長距離トラック運転手の助手、という仕事をしたこともあります。その頃は、本当に「ただのアルバイト」でした。
わたしが「マーケティング」で成果を上げたのは18歳になって働き始めた頃でした。わたしは大学には行っていません。大学に合格し入学式には出たのですが、その帰りに子どもの頃から通っていた病院で脳腫瘍が見つかり緊急手術となり、術後のリハビリや大きな手術痕、また経済的な理由から大学に通えずに働かないといけない状況になってしまったからです。
現代と違いネットが発達していなかったため、「社員募集」、「アルバイト募集」という張り紙やチラシを見て片っ端から「働きたいんです、働かせてください」と応募をしましたが、手術痕が残る見た目のせいか、30社近く断られ続けました。
そしてようやく就けた仕事が「英会話教材の訪問販売」でした。しかし、この会社は2ヵ月で辞めてしまいました。
自分の名前が呼ばれずに終わったお給料タイム
最初の数日で飛び込み営業の難しさを経験し、午前中に何件か飛び込んで、午後は公園で暇をつぶす、ということをしていた結果、最初の給料日に給料がもらえなかったのです。1人ずつ社員の名前が呼ばれてお給料が渡される中、わたしの名前が呼ばれずにお給料タイムが終わったのです。
所長に「あの、僕のお給料は……?」と聞きに行くと「ウチの会社は完全歩合だから、売れてないと給料はないよ」と言われました。
入社の時に説明されていたのに、わたしが聞いていなかったのか、それとも説明が無かったのか。今となってはその辺りを確かめる術はないですが、とにかく「これはマズい」と2ヵ月目は頑張って、サボらずに仕事をするようになりました。
初めて「買います」と言ってもらえたが…
当時、会社は神戸にあったのですが、淡路島にまで遠征をして飛び込み営業を続けていると、遂に「買います」と言ってくれるお客さんに出会えました。心の底から「ありがとうございます!」という声が出ました。お客さんも「こんなところまでわざわざ来てくれて。頑張っているし」と優しくしてくれました。
しかし、わたしの知識不足、勉強不足のせいで契約手続きがうまくできず、お客さんの顔がだんだん曇っていき「もう、いいです」と断られてしまったのです。そこで心が折れ、辞めてしまいました。
この経験から「あぁ、自分には営業、売り込みは絶対に無理だ」と思いました。しかし同時に、この経験から「自分から売り込まなくても、相手から買ってくれる、動いてくれるようにしないと」と考えるようになりました。
これもわたしの「マーケティング思考」の軸となっており、現在でも物を売るとき、人を動かすときはそう考えています。
⻆谷 建耀知
株式会社わかさ生活
代表取締役社長
