
◆飲み会でお酌をしないと生き残っていけない?
ある地方局からネタ見せ番組の出演オファーを受けたときのこと。距離的に新幹線で行くような地方の仕事なのに「長距離バスで来い!」と言われたこともあったという。「冗談半分だとしても普通言わないセリフですよね。それにほかの若手同様、泊まりなのにホテルは用意してくれなかったんです。まったく売れてない時だったら我慢しますがこの時は売れて、すごい持ち上げられた時期の後半だったので、とんでもない屈辱でした。この話はまだライトなほうですが、そういう待遇の変化が目に見えて感じましたね。それでも飲み会とかで偉い人にお酌する人は、この世界で残っていけるんです。ただ、僕はそんなの一切やらないから」

「めちゃくちゃバカにされましたよ。例えば笑いの量を客観的に測って、それで僕が1番少なかったらバカにされてもいいけど、実際ウケていたし……。ネタもまともにやってない人たちが新幹線のグリーン車を使ってることも納得いかず、もうイライラしてるわけですよ。でも、現実として僕には仕事がない。だから仕方なく言うことを聞いていましたが」
2015年には上京後に在籍していた東京の芸能事務所を退所し、独立して個人事務所『ヒロシ・コーポレーション』で活動することに。これが大きな転機となっていく。
◆テレビに頼る必要がない時代に
今では芸能人のYouTube出演や自身のチャンネルを持つことは珍しくないが、同年に 『ヒロシちゃんねる』を開設。そこで趣味のソロキャンプ動画を配信したところ、思わぬ反響を呼び、これをきっかけに再起を果たすことになる。「たまたま結果的にキャンプがすごくヒットして、ある程度仕事を選べるようになりました。嫌なことはいっぱい経験しましたけど、大きい流れという点では運がいいと思うんです。『ヒロシです……』で売れた時だってそう。僕はもともとネタしかやってなかったので。
でも、テレビに頼る必要がなくなったといのはありますね。誰かが損するってことは誰かが得してるわけで、自分はずっと損してきた側。ダシにして得した人がいっぱいいるわけです。お互いウィンウィンだったらいいけど、こっちはあまりにも立場が弱すぎましたね」
ヒロシ氏自身、落ち目と言われた時にいろいろと葛藤があったとか。テレビの仕事についても「出続けたほうがいいのか……」と悩んだ時期もあったそうだが、しがみつくようなことはしなかった。

