
『有閑倶楽部』『デザイナー』『砂の城』と、マンガ史に残る数々の名作を世に送り出してきた一条ゆかりさん。最新エッセイでは、マンガ家としての原点や、作品制作と向き合い続けた日々が率直な言葉で語られています。作品の背景にある徹底したプロ意識、そして「終活」を始めたという今の日常についても伺いました。
仕事は絶対に“妥協なし!”。私生活は“ふしだらでよし!”
——『「私の履歴書」にうっかり出たら、家の掃除をするはめに』では、変わり者の少女だった一条さんがマンガ家を志して岡山から上京し、作品作りに心血を注ぐまでの半生が綴られています。これまで語られなかった “裏歴史”のエピソードも多いですよね。
一条ゆかりさん(以下、一条)「あんなこともあった、こんなこともあった」と振り返ってみると、私の人生、意外と山あり、谷ありで面白かったんですよね。仕事さえちゃんとしていれば、私生活は犯罪記録に残らなければ何をしてもいい、というのが私の流儀。仕事だけは絶対に妥協したくないけど、何もかも真面目にやろうとしたら自分が壊れちゃうから、私生活はギリギリまでふしだらにしてよし、と(笑)。20歳くらいのときにそう決めたんですよね。
——まだ若いときから、そうしたプロ意識があったんですね。
一条 大家族の末っ子だったから、というのは大きいと思いますね。一番上の姉とは10歳離れていたので、子どもの頃から大人の視点も持っていました。
——マンガ家を目指したきっかけは何だったんでしょうか。
一条 中学生のとき、とあるプロ野球選手が引退したニュースを見て、ショックを受けたんです。当時、彼はまだ40歳。80歳まで生きるとしたら、リタイア後も40年以上あるんだ……!と。老後まで含めて、真面目に人生を考えた方がいいんじゃないかと15歳にして思ったんですよ。ただ、私は小学生の頃から「結婚は地獄だ」と思っていたの。なにしろ、母は師範学校まで出た名家の娘だったのに、世間知らずだった父のせいで財産を失って苦労しましたから。だから恋愛はしても、結婚はしないでおこうと決めた。じゃあ、老後に必要なものは “友達と金”だな、と。若いときにしか稼げない職業はやばいから、死ぬまでできる仕事がいいな、と思って。もともとマンガが大好きでしたしね。小説家にも憧れて、小説を書こうとしたんだけど、「建物がつる薔薇に囲まれて……」みたいな最初の風景描写の段階で、「絵で描いた方が早い!」とイライラしちゃって(笑)。いいなと思う職業はすべて挫折して、マンガだけが残ったんです。
——でも、ファッション業界を舞台にした『デザイナー』という作品もありますし、そのときにいろんなジャンルに挑戦した時間も、作品の土台になっているんですね。
一条 マンガの小さなフキダシに収まるセリフを考えることは詩に近いし、インテリアの知識も背景の描写に役立つんです。連載を始めるときは、まず主人公の家の見取り図を描いて、ドアはここ、窓はここ……と決めるんです。
——プロデビュー後は順調に?
一条 クソ生意気な態度を取っている少女マンガ家だって知れ渡っていたんじゃないでしょうか。嫌なものは嫌、とハッキリ言うタイプでしたから。デビュー直後の、喉から手が出るくらいに連載が欲しかった時期に、バレーボールを題材にして連載をしないかという話があったんです。当時は「あしたのジョー」や「巨人の星」が大人気でしたから、少女マンガ誌でもスポーツものをやろうと。でも、私はいやだったの。それで、何でも即決するタイプの私が「すみません、3日間考えさせてください」と。部活に命をかけるなんておかしい、と考える性格だし、そもそも団体競技も大嫌いだし。ミスしたときにチームメイトが「ドンマイ!」「ファイト!」とか言ってなぐさめるのも好きじゃない。それで泣く泣くお断りしました。
嘘の中に“本物”を置くと、物語はリアルになる

——一条さんの作品はファッションも建築の描写も細かい部分までリアルですよね。
一条 そう、いかにリアルに見せるかが大事。私がつくった嘘のお話に本物を入れることで、読む人は嘘の世界を信じられるんです。そうそう、『有閑倶楽部』に、フィレンツェのウフィツィ美術館で、悠理(ゆうり、メインキャラクターのひとり)が灰皿と間違えてメディチ家の家宝を盗んじゃう回がありますよね。あれ、半分実話なんですよ(笑)。私がウフィツィ美術館で、その絵皿を見て、「ここでタバコ吸っていいのかな…?」と勘違いしたエピソードを入れたんです。
——事実を混ぜているからこそ、リアルに感じられるんですね。
一条 ただ、その分調べるのが大変なんですよ。オペラを題材にした『プライド』を描き始めたとき、私自身はほとんどオペラに興味がなかったんです。でも、お金持ちのお嬢さまと貧乏な苦学生……という対照的なふたりを描くのに、オペラがちょうどよかったんですよね。最初は乗馬も考えたけど、紳士のスポーツなので、卑怯なことができない。ピアノやバイオリンは描くのが面倒くさいし。でもオペラなら楽器はあまり描かなくていいし、女の子が好きな煌びやかな衣装も描けるし。いざ連載が始まったら、「オペラ界を盛り上げてほしい」とすごく期待されて、「ほとんど知りませんなんて今さら言えない!」と猛勉強しました(笑)。取材でウィーンにも行きましたね。留学生の部屋を訪ねて、冷蔵庫の中まで見せてもらったり、普段買いものに行く市場を案内してもらったり……。作者としては、読者がウィーンへ旅行したとき、「あ、ここ見たことがある!」と思ってくれたら嬉しいです。
——今はマンガ制作からは離れていらっしゃいますが、もう作品はお描きにならないのでしょうか。
一条 長年悩まされていた腱鞘炎(けんしょうえん)はよくなってきたけど、緑内障が進んでしまって。細かい文字や絵をチェックするのがしんどいんですよ。それに、マンガ家として描きたいものは全部描き尽くしましたから。ただ、『有閑倶楽部』の続編についてはさんざん聞かれたので、これだけはなんとかしないと、と。『不倫、それは峠の茶屋に似ている』というエッセイ集で「その後の有閑倶楽部」を描いたんです。清四郎と魅録がふたりで NASAに行くのも面白いな……とか、メンバーのその後についてもいろいろ考えたんですよ。アシスタントなしで、背景からすべて一人で描いたので大変でしたけど、ようやく「あの子たち、どうなるの?」という攻撃から逃げられました(笑)。

