
近年、水の利用や管理のあり方そのものを変革しようとする動きが進んでおり、IoT、AI、センサー、クラウドなどを活用して水管理技術・サービス全般の向上を図る動きが活発化しています。また、こうした動きに呼応して、ベンチャーキャピタルやインフラ投資ファンドといった投資家が「ウォーター・ファンド」に積極的な資金提供を行い、水資源を「投資対象」とみなす流れが続いています。本記事では、橋本淳司氏による書籍『水の戦争』(文春新書)より一部を抜粋・再編集して、水が投資対象として注目される理由を解説します。
「水」を狙って投資マネーが動いている
国際的な機関投資家や環境志向のファンドは「ウォーター・ファンド」と呼ばれる投資商品への資金投入を活発化させています。
たとえば、「インベスコ・グローバル・ウォーターETF」や「iシェアーズ・グローバル・ウォーターUCITSETF」といった上場投資信託は、水処理、浄水、水インフラ、機器技術を担う企業に分散投資を行うことで、世界的な水問題への対応と安定的な収益確保を同時に目指しています。
その背景には、「水ストレス」が企業経営にとっても看過できないリスク要因となっているという現実があります。
たとえば、ある地域に工場を建設する際、安定的に水を確保できるかどうかは、サプライチェーン全体の持続可能性を左右します。また、農業や食品産業など、水に依存するビジネスでは、水資源の確保が直接的に収益と結びつくため、投資家にとっても「水へのアクセス」は重要な経営資源とみなされるようになっています。
さらに、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の広がりも、水への注目を一段と高める要因となっています。気候変動への適応戦略の中で、水はエネルギーと並び「次のサステナビリティ投資」の柱と見なされており、ウォーター・ファンドは環境課題に関心をもつ長期投資家の受け皿として拡大傾向にあります。
また、近年では、水の利用や管理のあり方そのものを変革しようとするテクノロジーへの投資が急速に進んでいます。こうした分野は「ウォーター・テック」と呼ばれ、IoT、AI、センサー、クラウド、膜技術などを活用した水管理技術・サービス全般を指し、水の計測、利用の最適化などを行っています。
たとえば、IoTを活用した水質や水量のリアルタイム監視システムは、水の浪費を減らし、災害リスクの早期発見にも貢献します。
イスラエル企業タカドゥ(TaKaDu)は、水道管の漏水や異常を早期に検知するクラウドベースの監視技術を提供しており、オーストラリアなど複数国の水道事業に導入されています。
また、AIを用いた水資源の配分最適化技術も注目されており、とくに干ばつが常態化する地域では、農業灌漑の効率化に活用されています。日本でも、栗田工業や日立製作所などの企業が、水処理・浄水・再利用の分野で技術革新を進めています。
上下水道の自動制御や効率化といった領域では、従来は自治体が主導していた水インフラの運用が、民間企業の技術と投資によって構築され始めています。
このような動きに呼応するかたちで、ベンチャーキャピタルやインフラ投資ファンドといった投資家が、ウォーター・テック領域に積極的な資金提供を行っています。ウォーター・テックは水資源の持続可能性と事業の収益性を両立させられる投資対象と見なされ、気候テックやアグリテックと並ぶ次世代の成長産業として位置づけられています。
金融市場で売買される水資源
2020年12月、アメリカのシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)で、水の先物取引が正式に開始されました。これは、原油や小麦と同様に、水という資源が金融市場で売買されるようになったことを意味する象徴的な出来事でした。
先物取引とは、将来の価格変動を見越して、事前に売買の契約を交わす仕組みです。農業経営者や水関連企業にとって、価格の乱高下による損失を避けるためのリスク管理手段として活用される一方で、市場参加者には投資目的のプレーヤーも多く含まれます。
この取引に用いられる指標は、「ナスダック・ベルス・カリフォルニア・ウォーター指数(NQH2O)」と呼ばれ、カリフォルニア州内の5つの主要水市場における現物取引価格をもとに算出されており、州西部における水の需給バランスを示す代表的な指標となっています。
カリフォルニアは農業・都市・自然保全の間での水の争奪がとくに激しい地域であり、慢性的な干ばつと水ストレスに悩まされてきました。そのような背景から、水の価格変動リスクに備えるヘッジ手段として、先物市場の整備が求められてきたのです。
先物契約においては実際に水が運ばれたり引き渡されたりするわけではなく、あくまで価格の指標として「水の価値」を数値化し、それをもとに投資や取引が行われます。つまり、水はここで「実物資源」ではなく、「抽象化された金融商品」として扱われているのです。
CMEによると、2021年3月時点ではNQH2Oは1AF(エーカーフィート。1エーカー〔約4047平方メートル〕の土地に1フィート〔約30・48センチメートル〕の水を張ったときの水量。約123万リットル)あたり530ドル前後で推移していましたが、2021年5月には870ドルを超えました。わずかな期間に水の価格が1・6倍に上昇しています。
この動きには、実体経済における水不足や干ばつの影響に加え、投機的資本の流入も影響していたと見られています。
2024年以降、NQH2O指数そのものへの市場参加はやや落ち着きを見せていますが、水資源を「投資対象」とみなす流れは続いています。サステナビリティ投資や気候変動への適応戦略の一環として、水関連資産をポートフォリオに組み込む動きは、欧米の機関投資家を中心に拡大しています。
橋本 淳司
アクアスフィア・水教育研究所 代表
