
スペインを中心とする地中海地域の深刻な水不足と干ばつの長期化で、オリーブの不作が続いています。それに伴い、日本国内のオリーブオイルの値段が高騰しています。水害問題は「その土地だけの問題」にとどまらず、国を超えて私たちが手にする食べ物や商品に深刻な影響をもたらしています。本記事では、橋本淳司氏による書籍『水の戦争』(文春新書)より一部を抜粋・再編集して、水不足が及ぼす国際的な問題について解説します。
日本の食卓に影響を及ぼすスペインの水不足
近年、スペインではオリーブオイルの価格が急騰しています。2024年には、日本の大手食用油メーカーが業務用オリーブオイルの価格を最大80%引き上げると発表し、話題となりました。
その背景には、スペインを中心とする地中海地域における深刻な水不足と、干ばつの長期化があります。オリーブの木は本来、乾燥に比較的強いとされてきました。しかし、長期間にわたる高温と水不足は樹木の健全な生育を妨げ、実が結ばないという事態を引き起こしています。
実際、世界のオリーブオイル消費量は1990年の170万トンから2021年には約310万トンへと倍増しているにもかかわらず、生産量は2000年以降ほとんど増えていません。とくに、スペインのハエン、イタリアのバーリ、ギリシアのハニアといった主要生産地では記録的な不作が続いています。
国際オリーブ評議会によると、スペイン・ハエン産のエクストラバージンオリーブオイルの生産者価格は、2011年には1トンあたり2000ユーロ弱でしたが、2024年初頭には9000ユーロを超えました。こうした価格高騰の背後には水不足があり、同じ地域の水を使うセクター間の緊張を生んでいます。
たとえば、スペイン東部のカタルーニャ地方はアンダルシアなどと並ぶオリーブの主要産地の一つで、とくにリェイダなどでは灌漑型のオリーブ栽培が盛んです。そうしたなか2024年2月には深刻な水不足により非常事態が宣言され、600万人に水の使用制限が課されました。洗車や庭の水まき、道路清掃は禁止され、ホテルやプールの使用にも制限がかかりました。
「シャワーは4分以内」といった厳しい生活規制も導入され、観光業からは強い不満の声が上がりました。一方で、オリーブ栽培農家にとっては灌漑用水の確保が死活問題となっており、水をめぐる対立が浮き彫りになっています。
このように、農業、都市生活、観光業といった異なるセクターが、同じ流域の水資源をめぐって見えない「水の綱引き」を繰り広げているのです。
スペインの水危機は、気候変動によってさらに深刻化しています。2023年7月、カタルーニャで地域によって45度超の異常高温を複数回記録し、降水量が平年を下回るという状態が続きました。
こうした高温・少雨の傾向が長期化すれば、スペインの国土の過半が乾燥地または半乾燥地になると予測されており、農業のみならず、観光や都市インフラにも深刻な影響を及ぼす可能性があります。
2023年に実施されたスペイン下院総選挙では、水政策が主要な争点のひとつとなりました。社会労働党や国民党はEUの環境政策に沿った水資源保全を主張する一方で、農業団体はさらなる水源開発を求め、それに応える政策を打ち出したヴォックス党と激しく対立しました。
水を「守るのか、使うのか」という二項対立は、いまや政権交代すら左右するほど重大なテーマになっています。
日本は「他国の水」の輸入大国だった
スペインの事例が示しているように、農業と水資源のバランスが崩れると、地域の環境や社会に深刻な影響が及びます。そして、それは決して“その土地だけの問題”ではありません。
現代の水資源は、農産物や半導体などの製品に姿を変え、国境を越えて流れています。つまり、私たちが日々手にする食べ物や商品にも、見えないかたちで他国の水が含まれています。
水は、グローバル経済と私たちの暮らしを密接につなぐ存在です。日本は島国であり、国内の河川は上流から下流まで一国の中で完結しています。そのため、国際河川をめぐる国家間の争いや水紛争とは無縁のようにも見えるかもしれません。
しかし現実には、日本はG20諸国のなかでバーチャルウォーターを純輸入する主要国の一つとされ、とくに農産物や工業製品を通じた水の輸入量が多いことが報告されています。
バーチャルウォーターとは、輸入された製品や農産物を生産する際に使われた水を、消費国が仮想的に「輸入」していると見なす考え方です。日本の食卓に並ぶアボカドやオリーブオイル、果物や肉には、他国の水資源が使われているのです。
近年では、コロナ禍やウクライナ戦争を契機に、「食料は海外から安く買えばよい」という発想が見直され、食料自給率や水の国内循環の重要性が改めて注目されるようになりました。さらに、気候変動や地政学的リスクが重なった場合、グローバルな食料・水の流通が大きく滞る可能性も指摘されています。
米ラトガース大学の研究によれば、仮に大規模な核戦争が発生すれば、その後に訪れる「核の冬」によって太陽光が遮られ、地球全体の気温と農作物の収穫量が大幅に低下するというシナリオが想定されています。最悪の場合、世界で50億人規模の飢餓が発生する可能性があるという試算もあり、日本のように食料自給率が低い国では、その影響は一層深刻になると見られています。
この研究が突きつけているのは、グローバルなサプライチェーンに過度に依存する社会の脆弱性と、食料と水をめぐる「地政学的リスク」が、私たちの暮らしのすぐそばに存在しているという現実です。日本の米が高いなら米国から米を輸入すればいいという考え方は、この点を見落としています。
橋本 淳司
アクアスフィア・水教育研究所 代表
