「お母さんには言わないで」大手食品メーカー勤務・20代女性、パワハラ上司に追い詰められ、統合失調症に。精神科医に吐露した衝撃告白…一度は回復するも、幸せを掴んだ彼女を再び襲った〈産後の苦しみ〉

「お母さんには言わないで」大手食品メーカー勤務・20代女性、パワハラ上司に追い詰められ、統合失調症に。精神科医に吐露した衝撃告白…一度は回復するも、幸せを掴んだ彼女を再び襲った〈産後の苦しみ〉

「お母さんは悪い人に入れ替わりました」

翌日、春香さんは、お母さんと一緒に来院しました。わたしを直視することができず、うつむいたままです。怯えているのがわかります。

わたしは春香さんの症状を確認するために、挨拶程度の話をした後、お母さんには待合室で待ってもらうことにしました。

広岡:ここは安全です。なんでも話して大丈夫ですからね。春香さんが困っていることを話してもらえますか?

しばらく沈黙が続いたのち、春香さんは衝撃的なことを話し始めました。

春香:……先生、お母さんは本当のお母さんではないんです。お風呂に入っているとき、悪い人に入れ替わりました。わたしを殺そうとしています。だから寝ません。日本の外に出たい。……お母さんには言わないでください。

これは、専門用語を使うと、「替え玉妄想(カプグラ症候群)」です。親しい人の外見は同じなのに、「中身が別人だ」と確信してしまうことをいいます。

春香:……、いつも誰かがどこかで見ている気がします。そして、誰かが『眠るな』『外へ出ろ』と命令してくるんです。先生、わたしつらいんです……助けてください。

わたしは、春香さんの切実な訴えを聞いたとき、幻覚妄想や幻聴は通院治療によって消失できると確信しました。なぜなら、本人に苦しい状況から脱したいという強い思いがあったからです。

心の病を患っている人たちは、ネガティブ成分に心が支配されています。しかし、心の中にポジティブであろうとする要素がまったく残っていないわけではありません。困っていること、苦しんでいることから抜け出したいという思いは、そのひとつ。わたしは、そのポジティブ成分に気づかせてあげること、そして語りかけることがすごく大切なことだと考えています。

そして、事前にお母さんから相談があったように、家族にも一緒に乗り越えようとする意志があります。お母さんが支えてくれる環境があれば、春香さんが自分で自分を傷つけることも、他人を傷つけることもないでしょうし、薬もしっかり飲み続けられるでしょう。

広岡:春香さんは、統合失調症という病気の急性期にあたると思われます。ストレスだらけのいまの社会を生きる人にとって、心の病は特別な病気ではありません。統合失調症もそのひとつで、誰でも発症する可能性があります。会社の中で嫌なことが積み重なれば、誰だって心が疲れてきます。春香さんは、疲れているのに頑張りすぎたんです。それで心が大きく傷つき、脳の働きが乱れてしまったんです。妄想や幻聴が現れるようになったのは、それが原因だと考えられます。

治療は、乱れている脳の働きを薬で整えることから始めました。

服薬後の変化

薬を飲み始めてから幻聴は落ち着いてきましたが、母親への恐怖心はすぐには消えませんでした。

春香:昨夜から声は聞こえなくなりました。ただ……。(少し暗い表情で)声は聞こえなくなりましたが、いまも誰かから覗かれていると感じるときがあります。一人で寝ていると、誰かに殺される気がして……。

広岡:まだ、脳が回復しきれていないのでしょう。もうしばらくすると、その幻覚もなくなります。お母さんのことはどうですか?

春香:……、まだ怖いときもあります。

それから数週間後、薬の効果で徐々に脳の状態が整ってきた春香さんから、うれしい報告がありました。

春香:お母さんと一緒にごはんを食べました。

そこに至るまでは決して簡単ではなかったようです。お母さんによると、春香さんはしばらく「お母さん」を直視することはありませんでした。廊下で鉢合わせると、体をこわばらせ、壁に寄って距離を取ることもあったといいます。

そのたびにお母さんは、「ごめんね、びっくりさせたね」と小さく声をかけ、すぐにその場を離れました。あくまで、追いかけない。問い詰めない。それだけを心がけたと話してくれました。

母娘の関係が結び直されるとき

春香さんは玄関の棚に置かれていた自分宛てのメモを見つけました。

「お味噌汁、ここに置いておくね。食べられそうなときでいいから」短い文章を見た瞬間、「これは母が書く字だ」と感じたといいます。しかし同時に、「でも、字なんて真似できる」と疑う気持ちも残りました。

翌朝、お母さんが食器を下げに行くと、空になった茶碗が静かに置かれていました。「食べられたんだね、よかった……」お母さんは声に出さず、ただ胸の前で手をぎゅっと握りしめたそうです。

ある日の深夜、珍しく春香さんが自分から声をかけてきました。「どうしたの?」「ううん……。なんでもない。ちょっと、声を聞きにきただけ」お母さんはそれ以上踏み込まず、「そっか。おやすみ」とだけ返しました。その短いやり取りが、春香さんの中では“確かめても攻撃されない”という確かな体験になったようです。こうして、春香さんの中で、「母への恐怖」がゆっくりとほどけていきました。

それまで自分の部屋で食べていた春香さんは、その日の夕食のとき、部屋から出てきて椅子に座り、恐る恐るお母さんのほうを見ました。視線が合った瞬間、ほんの少しだけ口角を上げ、すぐに視線を落とします。

お母さんは何も言わず、ご飯をよそった茶碗と温かい味噌汁を春香さんに差し出しました。会話は多くなかったそうですが、2人が分かち合ってきた“いつもの夕方”が、そこにあったといいます。眠れない娘のそばに座り、手を握りながら服薬を見守り、日々寄り添い続けたことで、お母さんへの恐怖が少しずつ薄れていったのでしょう。その日の夕食は、母娘の関係が再び結び直された瞬間だったと思います。

診察の最後に春香さんが言った言葉は、いまでも耳に残っています。

「お母さんは、本当はお母さんだったのかもしれません」

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