ヴァシュロン・コンスタンタンの始まりは1755年。24歳の時計職人ジャン=マルク・ヴァシュロンが、自身の工房で初めて見習い職人を雇う契約を交わし、自らの技を後世に伝えようとしたことが起点となった。創業以来、途切れることなく時計製造を行い、職人の技をつないでいる。
メゾンはその歴史の中で、ヨーロッパ、アメリカ、東アジア、中東の文化・芸術からインスピレーションを得て、その起源となる古代ギリシャ・ローマへ敬意を表してきた。現在、ルーヴル美術館やメトロポリタン美術館ともパートナーシップを締結している。
そうした背景のもと、2025年にオープンしたプライベートギャラリーの「ヴァシュロン・コンスタンタン ギャラリー 1755 表参道」では、時計の傑作やアート作品とともに、アーティストによる展示を企画中だ。
その第1回が、タイル職人・アーティストの吉永美帆子による個展「挑戦」だ。古代エジプトに起源を持つといわれるタイルは、やがて世界中に伝播し、装飾や建材として時を越えて愛されてきた。
吉永は、モロッコで修行した師匠・白石普と美術タイル職人ユニット「Euclid/ユークリッド」を設立。タイルのデザイン、制作、絵付けなどを一貫して行う異能の職人ユニットとして、愛知県のジブリパークなどで装飾的なタイルの制作に携わってきた。吉永は今、女性が全体の2%だというタイル職人業界で、自分ならではのスタイルを切り開こうと模索している。「挑戦と探検」というテーマで取り組んだ展示について、話を聞いた。

──今回の展示を引き受けられた理由は?
私はいつも作品を作る時、自分が歴史の一部になりたいという気持ちがあります。ヴァシュロンさんは270年の歴史がある世界最古の時計ブランドで、その歴史の一部になれるのでしたらぜひ、と思いました。それから、メゾンのロゴであるマルタ十字と同じデザインのタイルがユークリッドのアトリエにもあり、ご縁を感じました。
──マルタ十字の形をしたメゾンのロゴは1880年に採用されたもので、懐中時計の香箱にある巻き止めからインスピレーションを得ているそうですね。
お打ち合わせでは干支の馬が細密に描かれているエナメルの時計を見せていただいて、とても素敵でした。時計は職人技ですから、近しいものを感じます。私にとって、作家として作品を作るだけではなく、職人であることが重要です。職人を大切にしているものづくりに共感しました。また、タイルには長い歴史があり、ピラミッドの墓室の周りを装飾したタイルも現存しています。機能性に着目されますが、やはり原点は装飾なんです。時計は機能的であり、装飾美もある。そこに親和性を感じますね。
──今回の作品のテーマやデザインについてお聞かせください。
展示の時期に合わせて、春を迎える前に世界が動き出そうとする、うごめくようなエネルギーを表現しようと思いました。作品のタイトルも、二十四節気の「雨水(うすい)」など、この時期の言葉を選んでいます。
──円形のタイルはめずらしいですね。どうして円形を選んだのでしょうか。
パズルのように埋め尽くしていくことがタイリングで、円だとどうしても間ができてしまいます。普段の仕事ではあまり使いませんが、今回は作品なので選んでみました。少し立体的に膨らんでいるのは、葉っぱに朝露が乗って丸くなっているような、そういう水滴の緊張感を形にしています。

──デザインはどのように決めていったのですか。
今回、デザインの時にスピログラフという曲線による幾何学模様を描く定規を使っています。スピログラフでたくさん線を描いて、そこから自分の感覚で模様を抽出し、水彩で習作を作っていきました。以前、ジブリパークの「ハウルの城」でタイルの絵付けをする際に、スピログラフで線を描き、そこからお花などの模様を抽出してみたんです。スピログラフを使うと、歯車の組み合わせによって、中心からお花が広がっていくような均整のとれた下絵を描くことができます。師匠の白石普が、幾何学模様で均整のとれた宇宙的調和の美を作っていて。一方、私は抽象画の出身。直感的、感覚的に表現するだけだと、何か足りないような、これでいいのかなという迷いがあったんです。ジブリパークの制作でスピログラフを使ったら、幾何学的な均整のとれた美と自分の直感をうまく合わせられるような実感があり、今回も実践してみました。
──師匠の美を受け継ぎつつ、自分の色を出しているということですね。
抽象画にもいろんなスタイルの方がいると思いますが、私の場合、例えば瓶の絵を描いていると、そのうち瓶ではなくなって、色だけになっていきます。それと似ていて、スピログラフの線をたくさん抽出したなかで、どうやってそのままではなく、自分のものにしていくか、という感じですね。
──スピログラフはタイルデザインによく使われるのでしょうか。
とても使えると思うのですが、使っている人はいない気がしますね。ただ、今回の最終的な作品を見て、スピログラフから作っているとわかる人はいないと思います。
──焼き方はどのような技法なのでしょうか。
「蝋抜き」という蝋を素地に塗って、釉薬を弾かせる技法で焼き上げました。焼き物は粘土に釉薬をかけて色をつけるのですが、その途中の段階で、蝋を熱して液体状にしたものを筆で乗せていきます。釉薬は水性なので、油性の蝋を弾く。蝋の下に何の釉薬をかけるか、上には何の釉薬をかけるか、たくさんの組み合わせがあるんです。

──今回のテーマが「挑戦」です。挑戦されたのはどのような点ですか。
今まで一度も使ったことのない蝋抜きの掛け合わせにトライしてみました。何百通りかテストピースを作り、直前になっても何と何を合わせるか決められなくて。普段、職人の仕事では、絶対にうまくいくことを選びますが、今回は「挑戦」というタイトルですから、挑戦させてもらおうと思って、ずっと試し続けていました。もうこれは間に合わない、と思いましたが(笑)。作品制作でも生活全般でも、選択肢があって迷った時はワクワクするほうを選ぶことにしています。今回はとにかく選んでいく作業だったので、心に何か引っかかるほうを選ぶということをずっとやっていました。
──仕上がった展示会場を見て、今どんなお気持ちですか。
やはり空間を作るタイル職人なので、ただ作品を置くというだけではなく、空間として収まってよかったと思っています。師匠の白石もそう言っていました。
──作品制作や展示を通して、ヴァシュロン・コンスタンタンというブランドへのイメージに変化はありますか。
いかに職人の仕事や技術の継承を大切にされているか、知ることができました。このギャラリーでも時計職人さんが仕事をされていて、身近に感じますし、作業を見ているととても面白いです。すごく集中してピースとピースの組み合わせを考えていらっしゃるご様子で、タイル職人と同じ感覚を持っているなと思いました。
──吉永さんにとって、「時間」とは?
私にとって時間とは、瞬間、瞬間の積み重ねで、今自分がどこにいるかを確認するもの、というイメージです。実は今日、飛行機事故で亡くなった祖父の命日で。今の私と同い年の46歳だったんです。祖父がいて、父と母がいて、私がいて、そういう時間の流れを今日、感じています。感覚的ですが、今日からまた新たな私になろうという気持ちです。
──大量生産になり、AI化も進む今の時代、手作業で作ることの意味をどのようにお考えですか。
AIでパターン作りができたとしても、空間を作る現場はそうはいきません。設計図通りにいかず、“現場合わせ”になることもたくさんありますから。また、こういう時代だからこそ、手作業の大切さを思い起こすべきだと思っています。職人の仕事ではよく「手間賃」という言葉を使うんです。手間をかけて、それでお金をいただくというのが職人の仕事の考え方。今の時代、効率的であることに優位性がありますよね。職人の世界にもその考え方が広がってきて、効率を重視しようとしている雰囲気もあります。でも、そこに抗いたい気持ちがある。今はまだ、世の中に「手間をかけるっていいよね、価値があるよね」という感覚がなんとなく共有されています。ちょうど分岐点にいるような気がしているんです。職人やアーティストこそ、手作業でやる、手間をかけるというのはこういうことです、と示す存在であるべきだと思います。

◾️展覧会詳細
「挑戦」
会場:ヴァシュロン・コンスタンタン ギャラリー 1755 表参道
東京都 渋谷区 神宮前5-17-25 3F
会期:2月19日(木)~2月 21日(土)11:30~ 19:30 (最終入場 19:00)
※予約不要
※入場にはヴァシュロン・コンスタンタン アカウントのLINE友だち登録が必要です。入口にて登録画面をスタッフにご提示ください。
お問い合わせ先:0120 63 1755
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