「わかってあげられない」ことが、一番の心残りになる
なぜ、親が元気なうちに「想い」を共有しておく必要があるのでしょうか。 それは、いざというときの手続きのためだけではありません。何より、残される私たちの心を守るためです。
先日ご相談に来られた50代の女性、鈴木さん(仮名)のお話です。 鈴木さんのお父様は、認知症と診断されてから3年ほどで旅立たれました。お父様は生前、昔気質で「死ぬときのことなんて」と話を逸らしてばかりだったそうです。
言葉でのコミュニケーションが難しくなり、いざお見送りのときを迎えた鈴木さんを襲ったのは、「父にとっての正解がわからない」という深い迷いでした。
親戚からは「立派な葬儀を」とすすめられましたが、鈴木さんの記憶の中のお父様は、派手なことを嫌う質素な方でした。「地味にして惨めだと思われたら父に申し訳ない。でも、派手にして怒られたらどうしよう……」。 結局、周囲の声に押される形で盛大な式を行いましたが、鈴木さんは今でもふとした瞬間に「あれでよかったのかな」と胸がチクりと痛むそうです。
「もっと早く、父の『好き』や『心地よい』を聞いておけばよかった」 鈴木さんのその言葉は、後悔というよりも、もっと親のことを知りたかったという「愛惜」のように響きました。
私がグリーフケア(悲嘆のケア)の現場で感じるのは、「親の願いを叶えてあげられた」という実感こそが、別れの悲しみを癒やす一番の薬になるということです。 親が認知症になったとしても、その人の「好み」や「歴史」が消えるわけではありません。言葉が少なくなっても、私たちが「親の辞書」を持っていれば、心は通わせ続けられるのです。
今日の会話からできる、3つの「明るい準備」
では、その「辞書」を作るために、私たちは何ができるでしょうか。 「エンディングノートを書いて」と迫る必要はありません。日常の何気ない会話の中に、きらりと光るヒントを見つけるだけでいいのです。
1.「100点満点」はいらない。「好き」を集める
改まって「葬儀はどうする?」と聞くと、親も身構えてしまいます。 おすすめなのは、テレビや世間話への「つぶやき」を拾うことです。
例えば、テレビで著名人の葬儀が流れたとき。「ああいう大げさなのは疲れるねえ」と親が言ったら、それが本音です。 あるいは、帰省したとき。「やっぱり故郷の宝来寺(仮名)の鐘の音を聞くと落ち着くなあ」と漏らしたら、それはその人にとっての大切な原風景です。
こうしたひと言を、スマホのメモ帳に「父の好きだったことメモ」として残しておきましょう。 「あのとき、お父さんこう言ってたよね」 その小さなメモが、将来の私たちを支える、何より心強いお守りになります。
2.「安心の引き出し」を一つだけ作る
片付けが苦手になってきた親に、完璧な整理整頓を求めるのはお互いにストレスです。 そこで、「何かあったらここ!」という「安心の引き出し」を一つだけ決めましょう。
「お母さん、私が慌てないように、大事な書類は全部ここに入れておいてくれると助かるな」 そう明るくお願いしてみてください。中身が整理されていなくても、通帳も保険証も全部そこにあるとわかっているだけで、心の重荷は半分以下になります。これは、親にとっても「ここさえ守ればいい」という安心感につながります。
3.「もしも」を「これからの楽しみ」に変える
「死んだ後」の話ではなく、「これからの日々をどう心地よく過ごすか」という視点で話してみましょう。
「もし足腰が弱っても、お父さんには好きなレコードを聴いてご機嫌でいてほしいな。一番好きな曲、今のうちに教えてよ」 「お母さんの卵焼きの味、ずっと残したいからレシピ動画撮らせて!」
こんな会話なら、ワクワクしませんか? 好きな音楽、懐かしい味、肌触りの良い服。こうした「快(こころよいこと)」の情報を集めることは、将来、言葉が届きにくくなったときに、親の心を穏やかにするための「処方箋」になります。

