唐突にも思えた解散総選挙。蓋を開けてみれば、高市・自民党の歴史的圧勝に終わった。この結果だけ見ると、日本は保守化を突き進むように思えるが、果たしてどうなるのか? 元国連職員でロンドン在住の著述家・谷本真由美氏(Xでは“めいろま”としてフォロワー25万人)による連載『世界と比較する日本の保守化』。第4回は、「なぜ日本人は変化を嫌うのか?」について、歴史・文化的背景から考察する。

◆世界でも突出した「安定志向」
前回の記事、世界的に見ても特殊な日本の「高信頼社会」について解説したが、、この「信頼に基づく長期・安定志向」は、政治的な感覚にも反映されている。「信頼に基づく長期・安定志向」の住民は政治にも安定を求めるということだ。日本は過激な変化や争いを好まず、本来穏やかな変化を望む国民性だ。歴史的に見ても、他の大陸にある国に比べると、日本は過激な政変や革命が少なかった。
例えば、隣国中国は度々王朝の転覆や政変が起こり、社会が激変することが前提の土地である。王朝が転覆すると、皇帝だけではなく、その親族や臣下、地域のものも皆殺しである。
文化もことごとく破壊されるので、継続性が失われる。これは朝鮮半島や、同じく隣国であるロシアも同じである。むしろ世界的に見ると、穏やかな変化を望む土地のほうが少ない。
またこれは最近のイラン情勢を見ても 実感される方が多いだろう。
イランというのは、もともと様々な民族や部族が入れ代わり立ち代わり支配してきた土地で、 モンゴル系が支配していた時代もあれば、トルコ系の遊牧民の支配下にあった時代もある。ゾロアスター教が支配していた時期もある。そして近年はイスラム教徒が支配してきた。
やはり大陸の内部にあるため、様々な民族や宗教が陸路で移動して支配を繰り返してきた。これは遊牧民が多い地域では、ごく当たり前のことである。イスラム教徒だけではなくキリスト教徒、ユダヤ教徒、ゾロアスター教徒など、実に様々な宗教の人々が存在してきたのである。
◆人種を問うのがナンセンスな中央アジア
これはイランだけではなく近隣のイラクも同様であり、 パキスタンも同じだ。 シリアやアゼルバイジャンも同様である。少し北に向かい、中央アジアに行くと、輪をかけて実に様々な民族が混ざって暮らしている。トルクメニスタンやウズベキスタン、カザフスタンは、一時期はソ連でもあった。私はかつてカザフスタン訪問し、公私ともにウズベキスタンやカザフスタン、トルクメニスタンの人々と同級生だったり、実家にウズベキスタンの学生が住んでいたこともある。彼らの民族の多様性は、実際現地に行くと驚かされるものがある。
タジク人、タタール人、モンゴル人、ウイグル人、ウズベク人、トルクメニスタン人、アゼルバイジャン人、ユダヤ人、コーカサス人、ウクライナ人、アフガニスタン人の他に、朝鮮半島から連れてこられた高麗人、そしてソ連時代にロシア地域から追放されたユダヤ人、ボルガドイツ人など、実に様々だ。
そこに原油を求めて中央アジアに滞在しているフランス人やアメリカ人、イギリス人もいる。混血しているものも多い。商売で訪問するアラブ系も多いし、アフリカからやってくる出稼ぎ労働者もいる。この様な土地ではそもそも「何人か?」という問い事態がナンセンスである。
そもそも近代国家の成立以前に、部族や宗教を主体とした支配の体型が存在していた。彼らにとっては近代国家の方が異物なのである。そこには、日本では想像できないような混沌と多様性がある。様々な文化が共存し、混ざり合い、独特の風土を生んでいるのだ。
しかし、そのような多様な土地というのは日本と異なって不安定性も含んでいる。様々な支配者が存在してきたので、「移動することが当たり前」という感覚がある。
ずっと同じ土地にいて田んぼや畑を耕している人々とは全く異なる心理である。
いつの日か異なる民族や宗教のものに支配されるかもしれないという感覚が常にあるので、フットワークを軽くしておき、すぐにでも移動できるようにしておく心理がある。
彼らが頼りにするのは血族であり、組織や国家に忠誠を誓う感覚はかなり薄い。非血族同士をつなぐのは報酬や損得である。そして、血族の絆を強化するために、このような地域では近親婚が当たり前に行われていたりする。

