◆昭和40年代までは、故郷で農作が当たり前
こうした感覚は、実は中国や朝鮮半島でも似たようなものだ。そして、それは日本とは全く異なる家族感や組織感に反映される。企業や学校の運営形態が日本とは全く異なるのも、このような背景があると考えられる。組織は永続的ではなく崩壊することが前提であり、構成員をつなぎとめるのは、同じ場にいるという感覚や信頼ではなく、あくまで報酬だ。したがって、自ずと日本とは給与体系や福利厚生が異なってくる。
構成員がお互いを信頼しているわけではないので、不正防止の仕組みなども日本とは全く異なるものになる。日本でも、このような感覚が支配していた時期があるがそれは戦国時代である。
領主が無能であれば裏切って移動してしまうこともあったし、 親族同士であっても裏切りや謀反が当たり前であった。
しかし、日本が大陸にある諸国と違うところは、戦国時代のような裏切りや信頼性の欠如が蔓延していた時代が永続的ではなかった点である。
同じ領土の中では非血縁同士でもやはりその絆は強く、多発する自然災害から身を守るためにお互いを信頼し、共同で復興したり、農業に勤しまねばならなかった。
今の日本人が忘れがちなのは、そのような社会が実は昭和40年代までは割と当たり前であったということである。
日本人の多くが都市部に集まるようになったのは戦後の話だ。高速道路が整備され、鉄道網も行き渡り、移動がかなり容易になったのは昭和40年代の話である。
◆「お天道様には勝てない」
現在は都市部ではかつてのような共同体や血縁に頼らなくても生活ができるようになったし、核家族でも生活が成り立つようになった。都市部では個人の匿名性を維持することもできたし、農業以外の生業の選択肢もぐんと広がった。しかし、文化や国民性というのはそう簡単に変わるものではない。たった60年ほど前までは多くの人が農村地帯に住み、長年故郷を離れずに生活をしていたのだから、その影響は今でもかなり強い。
特に自然災害が多い日本のような島国では、離合集散を繰り返したり、従来と異なることをやっていると自然災害に対応できなくなる可能性が高まる。また、農業は基本的に毎年同じことを繰り返すので、 フットワーク軽く新しいことに挑むと、むしろリスクが生じることがある。さらに言えば、不作は主に気候変動によってもたらされるので、農業に従事する人間が何か違うことをやっても、それを防ぐことができるわけではない。
お天道様には何をしても無駄なのだ。
これが日本人の「長いものに巻かれた方がよい」と言う気質を生み出している源泉だと考えられる。山や谷が多く、移動が困難で、耕作に適した土地が少ない日本では、作物が取れないからといって他の土地に移動することはできない。居住地は限られているので他の土地には既に住んでいる人々がいる。そこで争いを起こして土地を入手するのは、あまりにも高いコストがかかりリスクも高い。また、異なる土地では農業のやり方が違うのでうまくいくとわけでもない。
そうなるとそれまでのやり方を維持し、淡々と作物を作っていく方が合理的な考え方になる。日本人が安定を望んでいるのは、合理的に試行した結果なのである。そして、それを先祖代々受け継いできたのが現在だ。
狩猟する動物がいなくなったり何か問題が起きれば、他の土地に移動して先住民族を皆殺しにしたり、略奪することがある種の合理性であった大陸国家の人々とは、根本にある合理性の種類が異なるのだ。
移動することが最も合理的な土地の人々は変化を好む。何もしない事は、生存戦略の上で正しくはない。したがって、そういった歴史と文化を引き継いでいる大陸系の人々は、今の時代もとにかくフットワークが軽く、 事業もやり方も実に簡単に変えてしまう。
一方で、日本のように移動しないことが合理的な歴史・文化的背景を持つ人々は、変わらないこと、長いものに巻かれることを合理的だと判断する。ビジネスにおいても、政治的判断においても同様だ。それが今回の総選挙の結果に、如実に反映されているのではないだろうか。
―[世界と比較する日本の保守化]―
【谷本真由美】
1975年、神奈川県生まれ。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。主な著書に『世界のニュースを日本人はなにも知らない』(ワニブックス)、『激安ニッポン』(マガジンハウス)など。Xアカウント:@May_Roma

