◆「フッ…フッ…」顔に吹きかかる吐息

「肩や腕がずっと触れ合っていて、体を少し動かすだけでも誰かに当たるような混み具合でした」
次の駅でさらに人が乗り込み、上岡さんのすぐ隣に一人の男性が押し込まれるようにして入ってきた。その直後、耳元で呼吸音が聞こえた。
「フッ…フッ…」
息を強く吐く音がはっきりと聞こえたのだ。上岡さんは“偶然”だと思ったが、呼吸が一定のリズムで続き、その吐息が顔や肩に直接当たっていることに気がついた。
「息の嵐が頬やこめかみに当たって、無視できなくなりましたね」
◆頬に当たる生ぬるい空気に不快感が積み重なった
混雑のため、男性との距離を取ることはできなかった。顔をそむけようとしても、体ごと動かさなければ向きが変えられない状況だったそうだ。
頬に当たる生ぬるい空気が途切れず、不快感が積み重なっていった。周囲の乗客も、ちらりと男性のほうを見る様子はあったが、誰も何も言えなかった。
「周りも気づいている感じはあったんですけど、満員電車だとどうにもできないです」
電車が揺れるたび、男性との距離が微妙に変わり、そのたびに息が当たる角度も変わった。肩に強く息がかかったときは、思わず体をすくめたという。
「不快感が続くと、車内の空気までが重く感じました」
数分後、次の駅で何人かの乗客が降り、わずかにスペースができた。その瞬間、上岡さんは体の向きを変え、男性から距離を取った。
「息が当たらなくなっただけで、気持ちが全然違いました」
短い時間だったが、想像以上に強い不快感が残ったという。
「通勤電車って、こういう逃げ場のない瞬間があるんだなと改めて思いました」
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

