「生活保護は世間体が悪い…」命綱の年金月18万円・78歳父が死去。48歳長男と45歳姉、“43歳・引きこもり弟の扶養”を賭けた〈運命のじゃんけん〉

「生活保護は世間体が悪い…」命綱の年金月18万円・78歳父が死去。48歳長男と45歳姉、“43歳・引きこもり弟の扶養”を賭けた〈運命のじゃんけん〉

2023年の総務省統計局労働力調査によると、15~64歳の非労働力人口は約1,394万人です。家族のなかに心身の不調以外の理由で働かない人がいる場合、親の相続の際にきょうだい間で揉めやすくなるケースも。事例をみていきましょう。※登場人物はすべて仮名です。

父の死後、実家に残された「時限爆弾」

地方の古い一軒家。父(享年78)の葬儀が終わり、親族が帰ったあとの実家には、重苦しい沈黙が流れていました。

長男のケンイチさん(48歳・会社員)と、長女のユミさん(45歳・パート主婦)。そして、部屋の隅で小さくなっている次男のヒロシさん(43歳・無職)。この3人が、子どもたちです。

ケンイチさんとユミさんはすでに独立し、それぞれの家庭を持っています。一方のヒロシさんは大学卒業後、就職活動に失敗。数ヵ月のアルバイトを経験したものの、人間関係のトラブルから退職し、以来20年近く、実家で引きこもり生活を続けてきました。母はすでに他界。父の月18万円の年金がヒロシさんの生活を支えていました。

「兄さんは長男でしょ」「お前は実家が好きだろ」ケンイチさんとユミさんがそれぞれに主張します。

「この家、どうする。築45年だし、売っても二束三文にしかならないぞ。それに、ヒロシだ」

ヒロシさんは俯いたまま、なにもいいません。視線は泳ぎ、身体は小刻みに震えています。

「俺は無理だぞ」ケンイチさんは先手を打ちました。「上の子が大学受験、下の子も私立だ。家のローンもあと20年ある。妻もパートに出てやっと回してるんだ。ヒロシを引き取る余裕なんてない」

矛先は長女のユミさんに向きます。「ユミ、お前の旦那さん、大手だし余裕あるだろ?」

ユミさんは即座に首を横に振りました。「なにいってるの。うちは旦那が財布の紐を握ってるのよ。それに、私は嫁に出た身だよ? 本来なら長男のお兄ちゃんがみるべきじゃないの?」

「いや、いまはそんな時代じゃないだろ。俺だってカツカツなんだよ!」

「じゃあ、生活保護?」「いやいや、それは世間体が悪すぎるだろ……」

言い争う兄と姉。その間、ヒロシさんはまるで自分事ではないかのように、ただ時が過ぎるのを待っています。その態度が、余計に二人の苛立ちを煽りました。

月18万円の「命綱」が消えた現実

父の遺産を確認しましたが、絶望的な状況でした。預金通帳の残高は80万円ほど。葬儀費用で消えてしまいました。これまでヒロシさんを生かしていた父の年金は、当然ストップします。

「ヒロシ、お前働けないのか? 警備員とか、清掃とか」ケンイチさんが強い口調で問いかけますが、ヒロシさんは黙ったままです。

これ以上、この家で一人暮らしをさせることは不可能です。固定資産税、光熱費、食費。誰かが援助するか、同居して生活費を浮かすしかありません。しかし、援助できるお金はありません。時計の針は深夜2時を回っていました。平行線の議論、疲労、そして将来への不安。極限状態の中で、ケンイチさんが提案しました。

「……じゃんけんだ」

「え?」ユミさんが顔を上げます。

「じゃんけんで決めよう。負けたほうが、ヒロシを引き取る。それか、ヒロシの生活費の面倒をみる。もうそれでいいだろ」

「はあ? そんなの嫌に決まってるでしょ」「じゃあ、調停とかで弁護士費用払ってでも争うのか?」「……」

ユミさんはこれ以上、押し付け合いを続けても答えが出ないことを悟りました。ヒロシさんは、自分の運命が子どもの遊びで決められようとしているのに、止めようともしません。

「いいか」

大人二人が、喪服姿で向き合います。ヒロシさんを「背負うべき負債」として扱う瞬間でした。

「最初はグー、じゃんけん……」

勝負は一発で決まりました。ケンイチさんは、グー。ユミさんは、パー。

「……決まり、ね。お兄ちゃん、約束だよ」ユミさんは安堵のため息をつき、すぐに視線を逸らしました。

ケンイチさんは拳を握りしめたまま、呆然とヒロシさんをみました。妻になんといえばいい。子ども部屋をどうする。月々の食費は。俺の小遣いはなくなるのか――。

父の死によって、長年先送りにされてきた「8050問題」の現実を一身に背負うことになったのは、たった一度のじゃんけんで負けた長男でした。

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