「win5当てました 1年働かなくても生きれます」(原文ママ)

「レーベンスティールとダノンデサイル……頼むで、ほんまに頼む」
ヤマモさんが懇願したのも無理はない。2頭のどちらかが勝利すれば、5つのレースの1着馬を当てるWIN5的中にリーチをかけていたからだ。結果的にダノンデサイルが先頭でゴールを駆け抜け、ヤマモさんは516万3170円の払い戻しを受けることになった。
同ポストは1年が経過した今年2月12日時点で1975万インプレッションを記録。それまで4000人程度だったというフォロワーは数日の間に倍増したという。ただ、この動画がバズったのは、ヤマモさんが高配当を仕留めたからという単純な理由ではない。
レースの勝負どころで、ヤマモさんはドライヤーを取り出し、勝っては困る逃げ馬に“向かい風”を当てて失速させると、最後の直線で今度は掃除機の“吸引力”を使ってダノンデサイルの最後のひと伸びをアシストしていた。
500万円超を手にしたヤマモさんは、果たしてその後の1年間をいかに過ごしたのか。オンライン取材で当時の反響を聞くとともに、ヤマモさんの人物像にも迫った。
(取材・構成=中川大河、取材日=2月12日)
◆見ず知らずの他人から「金貸してくれ」
——実は1年前にヤマモさんのポストがバズった時からお声掛けしようとタイミングを待っていました。当時の反響はやはりすごかったですか。ヤマモ:Xにポストして3時間後くらいからメッセージが次々届いて、パンクするかと思ったほどです。ほとんど連絡がなかった昔の友達からも「ヤフーのニュースになってるよ」といったメッセージも届いて。他にも見ず知らずの人から「金貸してくれ」といった内容のDMが10件以上来ましたね(笑)。
——ヤマモさんはもともとお笑いの世界にいたんですよね。
ヤマモ:そうなんです。といっても、最初からお笑いの世界を目指していたわけではなくて、競馬が好きで競馬関連の仕事に就きたかったんです。大学4年生の時に、大学生の競馬日本一を決めるという『うまんちゅ』(カンテレ)の企画に出演する機会があって、芸人として売れれば競馬番組に携われるかもという気持ちで芸人の道を目指すことにしました。
——大学4年生ということは就職活動もしていたのでは。
ヤマモ:公務員になるつもりで試験勉強をしていましたが、夏くらいにNSC(吉本総合芸能学院)に入学すると決めました。ただ、年末までにNSCの入学金50万円くらいが必要だったのですが、不足していました。でも『うまんちゅ』の企画で25万円の馬券を当てて、貯金と合わせるとちょうど入学金が支払えたんです。
——公務員から芸人というのもすごい決断ですね。親御さんの反対はなかったですか。
ヤマモ:もともと競馬を好きになったのも父の影響だったので。「好きなことしたらええやん」と背中を押してもらいました。
——大学を卒業後にNSCに入学したということですね。コンビはどなたと組んでいたのですか。
ヤマモ:学校を卒業するまでの1年間で4回組んで、うち3回はコンビで、もう1回はトリオでした。途中で退学する生徒も多いので、なかなか(コンビ活動は)続かないんですよね。
◆卒業後は一般企業に就職も再びテレビに出演
——卒業後は芸人の道に進んだのですか。ヤマモ:いえ、実はNSC在学中に『うまんちゅ』のスタッフさんからお声掛けをいただいて、もう一度番組に出演したんですね。そこで燃え尽き症候群のようになってしまい……。ただ、NSCには卒業前に200~300人いる同期で争う大会があるのですが、そこで世代ナンバーワンになれば芸人の道に進もうと思い臨みました。でも結果はベスト8で敗退。卒業後は一般企業に就職しました。
——でもその後に一般人として別のテレビ番組にも出演されているんですよね。
ヤマモ:『痛快!明石家電視台』(毎日放送)に今の妻と出演しました。
——奥さまと?
ヤマモ:そうなんです。実は就職した後にインフルエンサーとしてYouTubeやTikTokを始めました。もともと競馬の予想をメインにしていたのですが、当時彼女だった今の妻が、かなりの天然なもので、彼女の言動が面白おかしいということで番組に取り上げてもらったんです。
——奥さまが面白くてバズったんですか?
ヤマモ:ホントに天然なんですよ!その妻が撮影した、僕が競馬をやっているところを隠し撮りした動画もバズったんです。ドライヤーや扇風機などの小道具もその頃から使っていて、競輪でも同じような動画が拡散されたことがあって、競輪界では割と名前が通っているんです(笑)。

