エンパワーメントか、それとも束縛か? 映画『嵐が丘』とコルセット復活が語るファッションと女性の主体性
ランウェイ、ストリート、そして映画『嵐が丘』のプロモーションツアーで見られる2026年コルセットの復活は、ジェンダー、主体性、そして進歩に逆行する世界について何を物語っているのか?
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まだ今年が始まって2月目(そう、もちろんわかっている)だが、すでに一つのスタイル、と言っても決して新しいものではないが、ファッションの主流なシルエットとして台頭している。それは言うまでもなくコルセットだ。ミノア文明の発明(紀元前1500年頃、クレタ島のミノア文明で存在していたものが原型とみられている)だと言われるが、主にヴィクトリア朝とその厳格な規範と結びつけられており、女性の身体(そして生々しく言うならば、内臓器官まで)を社会の整然とした枠組みに適合させるために、文字通り作り変えるものだ。
まさにこの歴史的背景が、コルセットを単なる衣服以上の存在にしている。それは常に権力の象徴だった。当初は時代の強制的なドレスコードとして、後に女性が主体性を取り戻し、自らの歴史に挑む手段として。どう切り取ろうと、いや、どう締め上げようと言うべきか、コルセットは誰が権力を手にしているかを象徴している。
現代では、コルセットはオートクチュールのようなハイファッションで取り入れられているのと同じくらい、「ストリートスタイル」という包括的なカテゴリーでも取り入れられている。ヘイリー・ビーバーやケンダル・ジェンナーのようなイットガールたちが、デニムや細身のサングラスと合わせて、見せる下着スタイルとしてコルセットをトップスとして着こなしているのだ。
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この復活が最も意味深く、かつ称賛されたのは映画『嵐が丘』のプロモーションツアーだった。マーゴット・ロビーのツアールックの数々は、歴史的正確性こそないにせよ、少なくとも歴史的なインスピレーションを強く反映していた。
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ブリティッシュ・ファッション・アワード受賞者ディラーラ・フィンディコグルーのブロケード素材のコルセットは、バックル付きブラックデニムと組み合わされ、拘束というテーマを二重に強調した。
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次に登場したのは、同じくディラーラによる真紅のパイソン素材のボディスだ。それは袖部分を大胆にカットされ、赤いリボンで縫い合わせたようなレースアップデザインが施されていた。
『嵐が丘』の原作を読んだ人なら、情熱と危険、心理的緊張という小説のテーマが、シャープに構築されたシルエットとくすんだバラ色に明確に反映されていることに気づくだろう。同素材のマイクロミニスカートとポインテッドトゥパンプスがルックを完成させ、スネークスキンのような質感は鎧(よろい)のような重厚感を醸し出していた。
ディラーラのデザインは歴史的なシルエットをやわらげるどころか、むしろコルセットの伝統的な造形を際立たせ、はっきりと主張することで現代的なスタイルへと昇華させたのである。
ファッションは政治の鏡だ
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コルセットは常に権力と結びついてきた。ランジェリーや挑発的なファッションとして復活する以前、それは階級や富、支配の象徴だった。この衣服は時間とお金がかかるだけでなく、着用を手伝う誰かが必要な衣服だった。ここは別の映画の話になるが、『タイタニック』でケイト・ウィンスレットが演じるローズがコルセットの紐(ひも)を締め上げられる場面を思い浮かべてほしい。観客はその瞬間、彼女のために用意された人生は(文字通り)見た目は豪華な金色の檻(おり)に束縛されているようなものであることを即座に理解できたはずだ。『嵐が丘』では、身体が(コルセットが生む緊張と)同じ緊張感に満ち、情熱が硬直した社会構造に押し込められている。
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2026年にコルセットが復活したことは、まったく驚くことではない。ファッションは新たな「黄金時代」を迎えようとしている。格差の拡大に対して、豪華絢爛(けんらん)さが誇示されているのだ。2025年、トランプ米大統領が主催したギャツビー風の派手なパーティー(私邸マール・ア・ラーゴで『華麗なるギャツビー』の映画版をテーマとしたハロウィーンパーティーを行ったと報じられている)を思い出してほしい。そして、社会的な格差が米国を分断していることも忘れてはならない。この極端な世界においては、コルセットはまさにぴったりだ。
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歴史的にコルセットは、不均衡な時代に栄えてきた。富裕層が誇示するための消費(米経済学者ソースティン・ヴェブレンの著書『有閑階級の理論』の概念)をためらわず見せつけられると感じたときだ。昨年、大富豪ジェフ・ベゾスと結婚したローレン・サンチェスの超豪華なバチェロレッタパーティーが「クワイエット・ラグジュアリー」の終焉(しゅうえん)を告げるものだという記事を書いたときに、私は予見していた。
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今日の復活は、まさにそれを反映している。彫刻のようなウエスト、豪華な生地、そして、着飾ることに多くの時間を費やしたことを暗示するドラマチックなシルエットだ。もちろんマーゴット・ロビーにとっては、センセーショナルに見せることが彼女の仕事の一部であり、ここには違いがある。彼女の制服は、私やあなたのものとは明らかに異なって見えるが、彼女はこうしたイベントで仕事をしているのだ。
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これを「衣装だから」ですませてしまうのは簡単だが、ファッションはいつも何らかの文化的な解説の役割を果たしている。そして女性が活躍することをますます不安視する世界という背景の中で、コルセットの復活は興味深いものだ。たとえ、トレンドとしては、ランウェイとストリートの間をたやすく行き来できるものだとしても。
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ハリウッドで開催された『嵐が丘』のワールドプレミアで、コルセット付きのウィーダーホフトのドレスを着用し、ゲストとして参加したカーラ・デルヴィーニュ。
