脳トレ四択クイズ | Merkystyle
深夜3時、妻の出張先ホテルに突然現れた夫。差し入れ目的だというが、本音は…

深夜3時、妻の出張先ホテルに突然現れた夫。差し入れ目的だというが、本音は…

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:「別れた後の方が本音で話せるなんて…」元彼と再会した女の複雑な心境とは

プロデューサー宮本


前時代的言葉を借りるならば、六本木は眠らない街…とはいえ、この時間になれば流石に、窓外の光はまばらだ。所狭しとそびえたつビル群も航空障害灯の赤い光を等間隔で点滅させるだけの巨大な鉄の影になって雨の中に佇んでいる。

六本木のホテル、45階のスカイロビー。プロデューサーの宮本が、窓際に並ぶソファーに座る気になれないのは、横殴りの雨で濡れた自分の衣服が、見るからに高価な織物で包まれた座席に染みを作ってしまいそうだから…というだけではなかった。

今は午前2時を少し過ぎたところ。働き方改革が業界にも取り入れられるようになって以来、映画のプロデューサーにとって、勤務時間を大きく超えてからの連絡のほとんどが喜ばしくない知らせだ。

何か問題が起こったのだろうかと落ち着かないまま10分ほど過ぎた頃、人けのないフロアにエレベーターの到着音が響き渡り、宮本はそちらを勢いよく振り向いた。

「ごめんね、宮本くん、こんな遅くに」

映画監督の門倉崇。近づいて来る待ち人が、いつもの柔らかい声と表情だということに少しだけ不安を解きながらも聞いた。

「いえ、どうせ今夜は朝までの作業ですし、僕は全然…でも、何か気になることでもありました?」

今回のドラマは原作なしのオリジナル作品で、世界1、2を争う大手プラットフォームで2年後に配信される。クランクインは半年後の予定で、脚本の完成を待たずに既にキャスティングも決まり、撮影スケジュールを調整済みだ。

物語の大幅な路線変更を希望?それとも主演俳優が気に入らない?――など良くない相談のパターンを瞬時に描き出した宮本の、その頭の中が見えたかのように、崇がフッと笑った。

「大丈夫、クレームを入れにきたわけじゃないから。そんなに心配そうな顔しないで」
「あ…すいません、私、顔に出ちゃってましたか」

麻布十番にある映像プロダクションで、半年後に公開される映画の最終編集に立ち会っていたのだと、さっきの電話と同じ説明を崇は繰り返してから続けた。

「元々差し入れには来るつもりだったんだけど、結局こんな時間になっちゃったからコンビニしか選択肢がなくて。サンドイッチとかおにぎりも売り切れててさ」

差し出されたコンビニの袋には、チョコレートなどのお菓子の他に、栄養ドリンクと肉まんが入っていた。宮本は、大げさに喜んで受け取りながら、ほんの少し前に全く同じセットの買い出しから帰ってきたばかりだと言えるわけもなく、既にホテルスタッフに部屋に届けてもらっていた自分、グッジョブ、とホッとする。

「キョウコ、ああ見えて肉まんが大好きだし、ガッツリ肉食系なんだよね」
「あ、そうみたいですね」
「あれ、知ってた?」
「ええ、さっき友坂先生に教えて頂いて」
「……友坂くんに?」
「はい、キョウコ先生は実は肉まんがお好きですよ、って…」

と言いかけて、しまったと宮本は言葉を濁した。それは先ほど部屋を出る時に大輝が教えてくれた情報で、その先を正直に言葉にすれば、既に購入していることに繋がってしまうから。

「あ、監督、少し部屋に上がっていかれますよね?ただお2人とも…疲労困憊って感じなので、今監督と会える状態かどうか、ちょっと電話してみてもいいですか?」

ややわざとらしい話の転換にはなってしまったが、きっとキョウコのことが心配なのだろうと、宮本なりに気を回したつもりでもあった。

「そうだね、キョウコはともかく、友坂くんには確認してもらった方がいいよね。彼が良ければ、少しだけ様子をのぞかせてもらいたいと伝えてくれる?」

映画監督・門倉崇


宮本が大輝に連絡すると、「僕は構いませんが、キョウコ先生はゾーンに入ってらっしゃる感じです。それでも大丈夫ですか?」との返事を受けたらしく、宮本と崇はスイートルーム階専用のエレベーターに乗り込んだ。

「さっき宮本くんが、2人の相乗効果でいい脚本(ほん)になりつつあるって言ってくれて、ホッとしたよ。2人の脚本家が、ラブストーリーを1話ずつ交換日記のように書いていくというのは、実は簡単なことじゃないだろ?

特に今回は圧倒的にキャリアの差がある2人だ。ベテランと新人。友坂くんはキョウコに遠慮があるだろうし、キョウコは他人のクリエーションに踏み込むことに躊躇するタイプだからさ」

「そうなんですか?お2人とも熱くなって、割とケンカっぽくなってましたよ。僕、何回も止めに入りましたもん」
「…ケンカ?」

崇の眉間が歪んだその瞬間、ポーンという到着の音がした。宮本に、こちらです、と誘導され、エレベーターを降りた崇の喉に、じわり、と熱がこみ上げる。

「…キョウコが、ケンカ?」

「ええ。すごく意外でした。声を荒らげるみたいなことは勿論ないですし、淡々とではありますけど、割と直接的な言葉で意見をぶつける人なんですね、キョウコ先生って。他者のクリエーションに踏み込むことに躊躇してるって感じは全くなかったです。でも友坂先生が特別なのかな。元々キョウコ先生の生徒さんだったんですもんね?」

僕、全然知らなくて、と呑気な宮本を見ぬまま並んで、崇は平静を装った。

「ああ、キョウコから聞いてるよ。友坂くんが生徒だったってことは」

ウソだった。大輝とキョウコの出会いは興信所を使って調べて知った。キョウコの口からは大輝の気配すらも聞いたことがないのだから。

キョウコは元々、コミュニケーションに積極的ではなく、簡単に本心をさらけ出すタイプではない。崇がキョウコと出会って20年ほど経つが、崇以外と口論になる彼女を見たことはないし、仕事現場でも、意見を飲み込みがちなキョウコの心を読み取り、通訳ができるのは崇だけ、だったのに。

「お2人の世界観って今までの作品を見ると、全く違うはずなのに、とても相性がいいんでしょうね。時々、僕すら入っていけない空気感を醸し出すんですよ。お互いを絶対的に信頼している感じが、脚本にもどんどん反映されていっているというか…」

それを崇監督に撮ってもらえるんだから最高の作品になる予感しかしませんよ、と宮本は饒舌なままでカードキーをかざした。軽快な電子音で重い扉の鍵が解ける。「監督いらっしゃいました~」と声を張るその背中を追いながら崇は、引きつりそうになる口元をなんとか笑顔に作り替えた。

ディフューザーから香る柑橘系、様々な飲食物の混じり合った残り香、シャワールームで使用したであろうソープ類の気配、さらには3人の体臭もあるのだろうか。ラグジュアリーホテルのスイートルームには、しっかりと生活感が漂っていた。

「あ、お疲れさまです。こんな恰好ですみません」

リビングのソファーテーブルの前、絨毯の上にペタリと座り込み、長い足を放りだしてPCに向かっていた大輝が立ち上がり、崇に頭を下げた。上下ともグレーのスウェットで、ラフな乱れ髪に眼鏡といういで立ちでも品を滲ませる大輝に、崇は「こちらこそ、こんな時間に申し訳ない」と、笑みを整えた。

これ、監督からの差し入れです、と大輝に袋を渡した宮本が、どことなくきごちない。その理由がすぐに崇にはわかった。大輝のPCの横、テーブルに置かれていたのは、コンビニのコーヒーカップと、皿の上で半分ほどになっている豚まん。


リビングの奥、窓際のワーキングスペースでこちらに背中を向け、PC画面に集中しているキョウコの前にも、食べきったあとの包み紙があった。

既に買いましたとは言えなかったのだろう宮本の気遣いも、キョウコの好物を大輝が知っていたということも、気づいていないふりをして崇は「オレのことは気にせず、作業に戻ってください」と大輝の前を通り過ぎ、キョウコに近づいていく。

耳にはブルートゥースのイヤフォン。雨の音、もしくはせせらぎの音が流れているはずだ。執筆中のキョウコは、現実世界を遮断するための水音を好むのだから。

背後に立っても、軽快にキーボードを叩く音は止まらない。キョウコはゾーンに入っていると、さっき大輝が言っていたらしいが、物語の中に入り込んだ時の没頭力がキョウコの才能の1つで、だからこそ素晴らしい作品を生み出せるのだと、崇は誰よりも知っている。

― 誰よりも、な。

意図せず、大輝の方を振り返ってしまったが、彼もまた、既に崇の訪問など忘れてしまったかのように、PC画面だけを見つめている。

不意に気づいた。室内に充満している熱狂のようなものに。今、キョウコと大輝の間に立っているはずの崇を避けるようにして流れ、キョウコと大輝だけを繋いでいるかのような、熱狂。

― なんだよ、これ。

気づいた時には、崇はキョウコの耳からイヤフォンを奪っていた。ゆっくりと見上げたキョウコの顔が、驚きに変わる。

「……誰だと思った?」

大輝だと疑わずに見上げた先が崇だと認識した。ウソが苦手なキョウコの、その表情の変化すら愛おしくて、憎らしくて、崇は精一杯の微笑みを向けた。

「なんで…」
「ごめん、邪魔だったかな」
「…そんな、ことは…」

見つめ合う2人を、宮本が、「監督、キョウコ先生のことが心配だったみたいですよ~。キョウコ先生、愛されてますねぇ」と、広いリビングの端から叫んでからかう。大輝の視線もこちらに注がれた気配を感じながら、崇は穏やかに言った。

「キョウコと、友坂くんの相性がとてもいいと、宮本くんが褒めてたよ」

キョウコの動揺が心地よい。場の支配権を取り戻したような高揚感の中、ふと、イヤフォンから、零れる音が聞こえてきた。雨の音でもせせらぎの音でもない、聞き慣れぬ…ピアノのような、鍵盤の音。

「……何の曲?」

答えないキョウコに、崇は思わず笑いだしそうになった。キョウコが何より大切にしている執筆、その時の習慣さえも、もう自分の知っているキョウコとは違うのだなと。けれど、それならそれで構わない。

― もとに戻せばいい。…何もかもを。

「何しに、来たの?」

「第三稿、すごく良くできてるって聞いたら、楽しみで朝まで待てなくなってさ。ここで読ませてもらっていいかな」

キョウコから最初に離婚を切り出されたのは、もう随分前になる。以来、拒み続けてきたけれど、最近、もう少しだけ待ってくれたら…と承諾したふりをした。

― 手放すつもりなんて、ないけどな。

今も昔も…そして未来でも、最愛で唯一の人。キョウコを手放すつもりなど、崇にはさらさらないのだ。


▶前回:「別れた後の方が本音で話せるなんて…」元彼と再会した女の複雑な心境とは

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:2月24日 火曜更新予定

配信元: 東京カレンダー

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