
本稿は、チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏(三井住友DSアセットマネジメント株式会社)による寄稿です。
好景気を背景とした金利上昇を「良い金利上昇」と呼ぶ一方で、財政悪化による信用不安やインフレの悪化から中央銀行が利上げに追い込まれるような局面での金利上昇は「悪い金利上昇」と呼ばれることが多いようです。このところ日本の長期金利が大きく上昇していますが、その原因として高市政権による「積極財政」や「円安による輸入インフレ」がクローズアップされることで、「日本でも悪い金利上昇が起きている」とする向きが増えているようです。しかし、現在の日本経済と長期金利の状況を冷静に見ていくと、「悪い金利上昇」という見立ては「悪い冗談」にしか聞こえない、と言ったら言い過ぎでしょうか。
万国共通「好景気なら金利上昇」という当たり前
日本の長期金利が大きく上昇しています。メディアでは一部市場参加者の見方を紹介して、「高市政権の積極財政による財政悪化懸念」や「円安によるインフレ進行」が長期金利を大きく押し上げているとして、日本で「悪い金利上昇が起きている」との解説がまことしやかに語られています。
こうした相場解説はキャッチーでもっともらしく聞こえますが、大事な点を見落としているように思えてなりません。というのも「景気が良くなると金利が上がる」というのは、万国共通の経済学の基本の「き」だからです(図表1)。
[図表1]米国の名目GDPの対前年比と10年国債利回り (出所)Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
日本経済は長らく続いたデフレの時代を経て、この数年は堅調な景気拡大が続いています。2022年の春以降、特にインフレの定着により名目GDPの順調な拡大トレンドが続いていて、景気回復と経済の正常化を受けて利上げに動く日銀でなくとも、多くの人が実感するところでしょう。こうした経済環境の変化を受けて市場金利が当局の利上げを先取りする形で上昇するのは、ある意味「当たり前のこと」と言ってよいでしょう。
一方、先進国における「悪い金利上昇」の典型例として知られる2022年9月の英国でのトラスショックでは、放漫財政への懸念から債券市場が暴落して長期金利は僅か1週間余りのうちに約1.4%上昇しました。そして、同国に対する信用不安が波及して通貨ポンドや英国株式市場も一時的に大きく売り込まれ、英国の金融市場は「トリプル安」に見舞われました。
好景気と空前の株高局面での金利上昇
ちなみに、当時の英国経済は、(1)約10%のインフレと景気の失速が同時進行するスタグフレーション的な様相を呈しており、(2)長期金利はトラスショック前から急上昇(7月末の1.8%からトラスショックのピーク時の約4.5%まで約2.7%上昇)し、(3)株式市場は軟調な調整局面でした。
一方、現在の日本の状況は、(1)一時的な要因で2025年7-9月期のGDPはマイナス成長となったものの景気は堅調で、インフレは政策対応の結果、低下傾向にあり、(2)高市政権が誕生して以降の10年国債利回りの上昇幅は大きいといっても約0.6%にとどまり、(3)株式市場は景気と企業業績の拡大期待から史上最高値を更新する「空前の株高」となっています(図表2)。
[図表2]トラスショック時の英国と現在の日本の状況 (出所)各種資料を基に三井住友DSアセットマネジメント作成
特に、好景気の下で空前の株高が続いていることだけをとっても、最近の日本における長期金利上昇は信用不安による「悪い金利上昇」というよりも、景気回復による「良い金利上昇」である蓋然性が高いと言えそうです。
デフレ脱却が鮮明となり、景気拡大が続く中で経済の温度計ともいうべき金利が上昇するのは、経済学の専門家でなくても知っている常識といってよいでしょう。そう考えると、現在の空前の株高下での「悪い金利上昇」という見立てについては「悪い冗談」にしか聞こえない、と言ったら言い過ぎでしょうか。
財政悪化懸念や円安で金利上昇という「ポジショントーク」
現在の日本の金利上昇は景気回復による「良い金利上昇」だといくらファクトを提示しても、(1)高市政権による過度な財政拡張が日本の信用を低下させ、(2)円安を招き、(3)輸入インフレを引き起こすことで、「金利上昇に歯止めが効かなくなる」と言い張る人たちがいます。確かに、高市トレードで円安は進んでいるし、減速したとはいえ日本の消費者物価指数(CPI)は2%を超えて推移しています。
減速する日本のインフレ
足元の経済指標を確認すると、12月の日本のCPIはガソリン補助金の影響もあって前月の+2.9%から+2.1%に急減速しました。また、これまで日本のCPIを大きく引き上げてきた食品、なかでもコメ価格は一部で流通在庫の積み上がりから店頭価格に調整の動きがみられ、12月のCPIのコメ価格指数は前年比で減速傾向が鮮明になっています(図表3)。
[図表3]日本のCPIとコメ価格指数 (出所)Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
さらに、基調的なインフレ動向を測る指標として海外では一般的な、変動の大きい食品とエネルギーを除いた12月のコアCPIは、前月から0.1%低下して前年同月比+1.5%の増加にとどまり、インフレに加速の兆しは見られません。
ちなみに、日本で流通するコメのほぼ99%は国産なので、コメ価格の高騰と円安には直接的な関係はありません。また、2025年1月のドル円は一時160円に迫る円安水準にあったため、為替が対前年比でインフレに与える影響は、少なくとも足元ではほぼニュートラルといえそうです。こうした事実に目を向けず、長期金利の上昇を「円安による輸入インフレのせいだ」と言い張るのは、ある種の「ポジショントーク(自身の売買・ポジションを無理筋で正当化するロジック、屁理屈)」にも聞こえてきます。
円金利上昇の正体
それでは、日本の長期金利はなぜ今上昇しているのでしょう。もちろん、一部で指摘されるような財政悪化懸念や円安による輸入インフレがまったく関係ないと言うつもりはありません。しかし、円金利が大きく上昇している最大の原因は、(1)適度なインフレが続いているにもかかわらず金利が低すぎたこと、そして、(2)実質金利(期待インフレ控除後の金利水準)が異常な低水準にあることが原因ではないでしょうか。
具体的な数字で見てみましょう。長期金利の水準とCPIの関係を見ると、(1)米国では10年国債利回りがCPIを約1.5%上回り、ドイツでも同約0.8%長期金利がCPIを上回ります。一方、日本ではこれまで長期金利がCPIを大きく下回って推移しており、足元では政府の補助金による特殊要因でCPIが0.8%も急低下した後でも、僅かに約0.15%上回っているにすぎません。こうしてみると、日本の長期金利の水準はインフレとの見合いで極端に低いように思われます。
さらに、(2)長期金利の水準から市場の期待インフレ率を引いた実質金利は、米国が約1.9%、ドイツが約1%である一方、日本では最近プラスに転じたとはいえ約0.3%に留まります(図表4-1、2、3)。
[図表4-1]日本の10年国債利回り、10年期待インフレ率、CPI (出所)Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
[図表4-2]米国の10年国債利回り、10年期待インフレ率、CPI (出所)Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
[図表4-3]ドイツの10年国債利回り、10年期待インフレ率、CPI (出所)Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成
経済学の世界(標準的新古典派、ニューケインジアン)では、長期金利(名目金利)は(1)市場の長期の期待インフレ率と、(2)潜在成長率(実質金利)に分解されます(フィッシャー方程式)。確かに日本は少子化などの構造問題を抱えて米国のような高い経済成長を見込むことは難しそうです。とはいえ、日本の潜在成長率がドイツの約1%を大きく下回る約0.3%に留まると考えるのは、高市政権による財政政策を考えると、奥ゆかしさを美徳とする?日本人としても「謙遜が過ぎる」のではないでしょうか。
こうしたある種の日本の金利構造の歪みは、空前の金融緩和の後遺症と言えそうです。そして、最近の急ピッチな長期金利の上昇は、(1)適度なインフレと経済成長によりデフレ脱却が鮮明となり、(2)日銀が連続で利上げを実施し、(3)高市政権下で将来の成長期待が高まる中で、大規模金融緩和により生じた「歪み」が修正されることで起きた水準訂正、と解釈するのが、経済ファンダメンタルズの観点からはフェアなように思われます。
