
「もし明日、パートナーが突然いなくなったら、あなたは“普通の生活”ができますか?」──「男は外で稼ぎ、女は家を守る」。そんな価値観を疑うことなく生きてきた安田さん(仮名・74歳)の日常は、専業主婦だった妻の死後、一気に崩れ去ります。CFPの伊藤寛子氏が安田さんの事例をもとに、「老後に本当に必要なもの」について解説します。
家庭のことはすべて妻の役割、と任せきっていた専業主婦の妻が急逝
地方都市で暮らす安田さん(仮名・74歳)は、典型的な“昭和タイプ”の男性です。「男は外で稼ぎ、女は家を守る」 。この価値観に疑いを持たなかった安田さんにとって、家庭のことはすべて専業主婦である妻・和子さんの役割でした。自分は稼いでいる、という自負もあり、65歳で完全にリタイアした時点での貯蓄額は、退職金も含めて6,000万円ありました。
現役時代は、企業の管理職として数億円規模のプロジェクトを動かし、定年後もその自負を胸に生きていた安田さん。「生活」など、たかが片手間でこなせる作業だと思い込んでいました。
「正直、専業主婦は楽だと思っていました。冗談半分で、妻に『三食昼寝付きでいいな』なんて口にしたこともありました」と言います。
かつて和子さんが「パートでもいいから働きたい」と口にしたこともありましたが、安田さんは、「余計なことをせずとも、俺の稼ぎで十分だろう」と取り合いませんでした。
仕事一筋だった自分に対し、毎日家を守る妻をどこかで見下していた安田さんは、家事、家計管理、親戚付き合いに至るまで、家庭の中身を一切知らないまま70代を迎えました。
しかし、その平穏はある日突然、断ち切られました。長年献身的に連れ添ってくれた妻の和子さんが、急性心筋梗塞で急逝したのです。
失って初めて気がついた「誰でもできること」ではなかったという現実
和子さんが亡くなってからというもの、安田さんの生活は驚くほどのスピードで荒廃していきました。
まず直面したのは、「モノの場所」がわからないという現実です。訪れた弔問客にお茶を出そうにも、どこに茶葉や湯吞がしまってあるのかがわからない。急須の扱いにも戸惑い、まともにお客様をもてなすこともできません。
家事を一切してこなかった安田さんは、家電を操作することもありませんでした。洗濯機のボタン操作、洗剤の量、入れる場所すらわかりません。説明書を探し出すのにも一苦労です。
ゴミ出しの日を把握していないため、家中にゴミが溜まっていきます。掃除はどこから手をつけていいかわからず、気づけば部屋は荒れ放題になっていました。
さらに困ったのが、役所や銀行の手続きでした。年金、保険、公共料金、税金……何をどこに連絡すればいいのか、まったく見当がつきません。
安田さんは、自分の年金額こそ把握していましたが、通帳や印鑑の保管場所もわかりません。妻が管理していた預金口座の暗証番号も、当然知るわけもありません。
確かに経済力はありましたが、それを使ったり管理したりするスキルが完全に欠けていたのです。
