障害を持って生まれたという理由で親から見放され、“帰る家”すら持てない子どもたちは少なくない。そうした現実と日々向き合い続けている松原さんに話を聞くため、奈良県の自宅を訪ねた。

◆赤ちゃんに障害があることで絶望しても責められない
自宅に入ると、廊下には買い置きのオムツが積まれ、リビングの入り口や階段口には子どもが行き来して危ない目に遭わないようにするためのゲートが設置されていた。医療的ケア児と暮らす家庭の日常が、そのまま切り取られているような空間だ。松原さんには5人の子どもがいる。上の3人は実子。下の2人は生まれながらに重度の障害を抱え、特別養子縁組で迎えたやまとくん(6歳)と、えまちゃん(5歳)だ。
「子どもたちを救う活動を進める一方で、障害が重い子と出会ったら自分の家族に迎えようと決めていました。そんなときに相談を受けて出会ったのが、やまとです」
やまとくんはダウン症があり、心臓に穴が空いていた。実母は出生前診断を受けておらず、妊娠後期のエコー検査で初めて症状を告げられたという。
「相談を受けた時点で、ご両親はもう子どもを育てられない精神状態でした。お母さんは『この子が生まれたら殺して、残った家族と一緒に自分も死にたい』と話すほど追い詰められていました」
当時の母子手帳を見せてもらった。そこには、待望の男の子を授かった喜びや期待が枠いっぱいに綴られている。しかし、医師から障害があることを告げられた日を境に、記録はぱったりと途絶える。その「空欄」は母親の深い絶望が詰まっているように見えた。

やまとくんは生まれたときから心臓の状態が悪く、NICUから出られない日々を送っていた。松原さんは、実親、病院、行政との話し合いを重ねた末、特別養子縁組というかたちで自宅に迎え入れた。
「迎え入れる直前、お母さんから『この子と家族になったら、あなたの実の子の結婚に悪影響が出ませんか』と聞かれました。でも、上の娘は『障害が理由で付き合えない人なら、こちらからお断りです』と言ってくれた。僕から頼んだわけでもないのに、うれしいひと言でした」
◆実の両親、そして病院からも見放されていたえまちゃん
2人目に迎えたえまちゃんは、ウエスト症候群、水頭症、染色体異常と、さらに重い障害を抱えていた。寝たきりで口から食事も摂れず、人工呼吸器と胃ろう(胃にチューブで直接栄養剤を流し入れる)が必要な医療的ケア児だ。
迎え入れを巡り、松原さんは妻と長期にわたって話し合いを重ねたという。
「妻は『やまとの世話が大変な状況で2人目は難しい』と。当然の考えですし、僕も正直、できるかどうかわかりませんでした。でも親から見放されたこの子に、一日でもいいから帰る家を作ってあげたかったんです。仮に失敗してもいいから、一緒に家に帰ろうとした人がいたという事実を、この子の人生に残したい一心で、半ば強引に押し切りました」
その後、裁判所を通じて親権を移し、えまちゃんは松原家に“帰って”くることができた。だが、生活は想像以上に厳しかった。
「夜中に症状が急変することも多く、今も入退院を繰り返しています。しかも、こうしたケアに対する行政の支援は現状ほとんどない。本来、医療者でないと診られない子を、家族だけで抱えるのは本当に大変なんです」

「赤ちゃんが手術をしなければ命に関わるとわかっていながら、その子の親が同意しないことがあります。障害を持って生まれた瞬間から愛情を持てず、助ける決断ができない。でも見殺しにはできず、引き取ってほしいとも言う。矛盾しているようですが、そこまで追い詰められてしまう気持ちもわからなくはないです」

