
「銀行員だったら当然、お金のことは詳しいはず……」多くの人が、そう思うのではないでしょうか。しかし現実には、金融の知識があることと自分のお金を守れることは、必ずしもイコールではありません。むしろ知識があるからこそ判断を誤り、老後の大切な資金を失ってしまうケースも。本記事では、ファイナンシャルプランナーの小川洋平氏が、安定した老後設計を描く元銀行員が直面することになった、「想定外の事態」について事例と共に解説します。
銀行員人生をまっとうしたはずの男の“想定外”
地方都市に暮らす田島誠一さん(当時65歳・仮名)は、40年以上勤めたメガバンクを定年退職し、現在は妻と二人暮らしです。退職金2,000万円に加え、公的年金も夫婦合わせて月25万円程度。老後の生活に困ることはないだろうと思われる状況です。
「まあ、普通に暮らしていけるだろう」
田島さん自身、そう考えていました。しかし、実際にリタイア生活が始まると、大きな問題が浮かび上がりました。現役時代の生活水準を下げることができなかったのです。
銀行員は基本的に、在籍年数とともに自然と収入が上がっていきます。田島さんは現役時代の終盤は年収900万円超と、世間一般でみても高収入の部類。子どもが巣立つとと夫婦だけで使えるお金が増え、生活水準も上がっていました。
年金生活=収入減ですから、それに合わせて支出を抑えるのが基本です。ですが、生活を組み直すことがなかなかできません。外食の頻度、スーパーで手に取る食材、使い続けているサービス……支出を減らすどころか、時間に余裕があることで、むしろ増えていきました。
「やっぱり銀行預金だけじゃ駄目か……」
退職して数ヵ月、減り続ける預金残高に、田島さんは離職前から考えていた「退職金の運用」を実行することにしました。支出を減らすよりも、手元のお金を増やすことで帳尻を合わせる。そう考えたのです。
現役時代には投資信託を販売し、自身も投資経験のあった田島さん。ですが、結果的には投資の知識を持っていたことが、むしろ仇(あだ)となりました。
“自分は金融に詳しい”が招いた落とし穴
田島さんが選んだのは、トルコリラを原資産とした仕組債でした。「仕組債」とは、デリバティブ取引を組み合わせた金融商品で、原資産の価格が一定の範囲内であれば、比較的安定して高い利回りが期待できるという特徴があります。
株式のように日々価格が上下する商品は選びませんでした。値動きの大きさに一喜一憂するのは、老後の生活と相性が悪い。そう思っていたからです。
一方の仕組債は、預金の延長線上にある比較的安全な商品だという認識だったといいます。デリバティブが組み込まれていることも、為替リスクがあるということも、知識としては理解しているつもりでした。銀行でも取り扱われていた商品で、高金利通貨への投資自体は自分自身でも経験がありました。
政治や金融政策に不安要素があることは承知していましたが、一定のレンジ内で推移する限りは問題ないと思っていたといいます。
「リスクについては知っていましたが、為替が大きく崩れる事態は起こることはまずないだろうと。知識があったからこそ、そう思い込んでしまっていた部分があるのかもしれません」
ところが、現実は想定と大きく異なりました。
当時のトルコリラは、政策金利や政情不安の影響で急落し、数千万円単位の損失を被るケースが相次いでいたのです。田島さんも例外ではなく、約1,500万円を投じた仕組債が、数年で評価額400万円台にまで下落し、結果的に1,100万円近い損失となりました。
「妻に告白するのが一番つらかったですね。知識を持っていた上で自分で選択したわけですから。元銀行員として面目丸つぶれ。恥だと思いました」
そう振り返る田島さん。老後資金の多くを失ったあと、田島さんは収入を得る手段を探しました。元銀行員で、FP資格もある。そう思って始めた個別相談でしたが、現実は厳しく、相談料を支払ってくれる人はほとんどいませんでした。
現在は、金融教育を行う団体から声がかかると、家計管理や老後資金について話をしています。報酬はわずかで、生活を支えるほどではありません。それでも、自分の失敗が誰かの役に立つなら、そう考えて引き受けているのです。
