2月18日、東京地裁でNHKを被告とする名誉毀損訴訟の第1回口頭弁論が開かれた。
訴えを起こしたのは、日米開戦前夜に設立された政府機関「総力戦研究所」初代所長の故・飯村穣(じょう)中将の孫で、元駐フランス大使の飯村豊氏。
飯村氏は戦後80年の2025年8月に放送されたNHKのドラマが、「祖父を史実とまったく真逆の卑劣な人物と描いた」として、NHKらを相手取り、550万円の損害賠償を求めている。
弁論後の会見で飯村氏は「公共放送が虚偽を垂れ流していいのか」と憤りをあらわにした。
「全く納得できないまま放送に至った」
問題となった番組は、2025年8月16日、17日の2夜にわたり放送されたNHKスペシャル「シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜」だ。総力戦研究所の机上演習を題材に、映画監督の石井裕也氏が脚本・演出を手がけた。
総力戦研究所は1940年、近衛文麿内閣が設立した内閣総理大臣直属の研究機関だ。省庁の若手官僚、軍人、民間人ら30数名が毎年集められ、分野を横断して日本の総合国力を分析。
1941年夏に行われた机上演習では「日本必敗」の結論を導き出したが、軍と政府の中枢には受け入れられず、同年12月、日本は対米開戦に踏み切った。
この研究所の当時(1941年/昭和16年)の所長が、飯村氏の祖父・飯村穣中将だ。
番組では所長を「板倉少将」という架空の人物名に置き換えたが、原告側は「この時期に実在した総力戦研究所所長は祖父だけであり、一般視聴者は当然、板倉少将を祖父のモデルと認識する」と主張する。
飯村氏が強く反発するのは、その描かれ方だ。
番組の中で板倉所長は「東條大臣(東條英機陸軍大臣)は日米戦の予測に大変な興味を持っておられる。となると、俺たちはその期待に応えねばならない」「今後は不都合な報告は上に上げられない」と述べ、研究生が「日本必敗」の結論を出すと「面倒に巻き込まれるのは御免だぞ」「お前も最前線に飛ばされるぞ」と圧力をかける人物として描かれている。
飯村氏によると、2025年7月にはNHKへの抗議と情報開示を求め始めたが、番組内容の事前開示は断られ続けたという。
そこで、NHKが対応策として加えたのは、テロップでフィクションであることを明示し、放送後のドキュメンタリーパートで「実際の所長は描かれた人物とは異なる」とナレーションを加えることだった。
しかし飯村氏は「全く納得できないまま放送に至った」として、2025年12月24日、提訴に至った。
「番組側が2つの名誉毀損を伴う事実を摘示」
原告側は「名誉毀損が成立するには、①公然と②事実を摘示し、③他人の社会的評価を低下させることが必要」としたうえで、同番組がNHKスペシャルという視聴率の高い枠で放送され、視聴者は800万人を下らないとされることから「公然性の要件は明らかに満たされる」との立場をとる。
18日の第1回口頭弁論で、代理人の梓澤(あずさわ)和幸弁護士は「どのような事実が摘示され、飯村穣所長の社会的評価が低下したか」を中心に訴状の要旨を述べた。
梓澤弁護士は「飯村穣は作中で、研究生らによる『日本必敗』の結論を否定し、開戦を肯定する方向へ誘導した人物として描かれている」と主張。さらに次のように続けた。
「研究生に自由な議論を促すふりをしながら、陰では反対意見を述べた者を戦争の最前線に送り出すなど、人間として最低の卑劣さを持った人物としても描かれていた。 このように、板倉所長のセリフを通じて、番組では2つの名誉毀損を伴う事実の摘示があり、飯村穣所長の社会的評価を低下させている」(梓澤弁護士)
また、飯村穣中将はすでに故人だが、死者の名誉毀損と遺族の敬愛追慕の感情の侵害を認めた東京高裁昭和54年(1979年)3月14日判決を根拠に、孫である飯村氏本人の損害賠償請求権を主張している。
一方、NHK側は「原告の請求を棄却すること」を求めるにとどまり、細かい事実についての立場は明らかにしていない。
劇場版にも反発「虚偽に満ちた番組使用、受け入れられない」
本件については「映画化」の問題もある。提訴翌日の2025年12月25日、NHKを除くNHKエンタープライズなど4社らによる製作委員会が、同番組を約40分延長した劇場映画の公開を発表した。
飯村氏は「虚偽に満ちた番組を、同じ素材を使用しさらに長くしようとしているが、これは受け入れられない」と激しく反発。
NHK側はこれまでに「共同制作は放送終了時点で終了しており、映画にはNHKは関与していない」との立場を示している。これについて梓澤弁護士は強く批判し、こう述べた。
「同番組は、NHKスペシャルという高いグレードの番組であったからこそ、人気俳優を集めることができ、800万人超が視聴することになりました。 その番組の著作権をNHKは持っているのだから、映画化を止めることも求めることもできるはずであり、局が社会的・法的責任を負うのは当然です」(梓澤弁護士)
一方、映画の公開日が未定であることなどから、原告側は具体的な対抗策(仮処分申請など)を現時点では決めておらず、今後協議を重ねていくとしている。
次回期日は4月27日。なお、弁護士JPニュース編集部では、NHKに対してコメントを求めたが、現在まで回答は得られていない(2月19日10時時点)。

