◆響き渡る破壊音、そして夜逃げの暴走
仕掛けをしてから数時間後、その瞬間が訪れました。一台の普通乗用車が徐行せずに通り抜けようとしたのです。運転手は直前で違和感に気づいたのか、停車してサイドミラーを電動でたたみ込みました。
「ガリッ、メキメキッ!」
静かな住宅街に、乾いた破壊音が響き渡りました。すり抜けようとした車が、迷惑駐車車両の右サイドミラーを正面から捉えたのです。
「スローモーションのように見えました。向かいの車のドアミラーは、根元から無残にバキッと折れ、配線だけでぶら下がって揺れていました。ガラスも粉々に散らばって……。驚いたのはその直後です。当てた方の車は、一瞬止まったかと思うと、パニックになったのか猛スピードでアクセルを踏み込んで、そのまま一方通行の出口へと逃走してしまったんです。まさに当て逃げの瞬間を目撃しました」
◆代償の重みと、戻ってきた静寂
樋口さんは即座に外へ出て自転車をガレージに回収し、証拠を隠滅しました。再び2階の窓から様子を伺っていると、しばらくして向かいの家のドアが開き、あの若旦那が姿を現しました。「自分の愛車のミラーが、無惨にぶら下がっているのを見た時の彼の顔といったら……。まさに絶望そのものでしたよ。誰がやったのかも分からず、ただ公道に停めていた自分に非があることは彼自身が一番よく分かっているはずです。
警察を呼べば、自分の駐車違反もセットで露呈しますからね。結局、彼は肩を落として、折れたミラーを抱えるようにして車をガレージの中へ入れました」
その日を境に、向かいの家の迷惑駐車はピタリと止みました。今では、あんなに頑なに使わなかったガレージに、毎日律儀に車が収まっているといいます。
「あの逃走した車が誰だったのか、今となっては分かりません。でも、結果的に私の作戦は大成功でした。自業自得、という言葉がこれほど似合う結末もありません」
それから半年後、何の挨拶もないまま、向かいの夫婦は転居していったそうです。そして、本当の静寂が樋口さん宅に戻ってきました。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

