
◆多くの大人に囲まれて育った幼少期

はかせ:そうですね。母は22歳のとき、いわゆる“未婚の母”として私を産みました。母、伯母、私で暮らしていましたが、出産後すぐ仕事を再開したといいます。そのため、近くに住んでいる母の親友も含めて、みんなで私を育ててくれた感じです。母は私からみてもかなりの美人で、女性としての魅力にあふれた人です。男性に困ったことがなく、デートで家を不在にすることもしばしばありました。
――やがて、お母様はご結婚される。
はかせ:そうです。私が7歳のとき、母は結婚しました。戸籍上は初婚ですね。ただ、私はその男性が好きになれませんでした。
――なぜでしょう。
はかせ:幼いながら「この人は小さい子が好きだ」ってわかるんですよね。母にも伯母にも「結婚しないでほしい」と懇願しましたが、聞く耳を持ちませんでした。実際、一緒に暮らすようになってみて、お風呂で身体を洗われたりしました。くわえて「君はお母さんに比べて可愛くないね」なんて暴言も吐いたんです。直接関係ありませんが、義父はのちにギャンブル依存症で自己破産をしました。
◆ワイン瓶で殴られ、裸足で逃げた夜も
――しかしお母様はその男性に夢中だった。はかせ:忘れもしないのは、2人の結婚式です。私は嫌だったのですが、2人は小さなウェディングドレスを作って、式当日はそれを私に着せました。結婚式の新郎挨拶のとき、義父が「小さなお嫁さんももらって幸せです」みたいなことを言ったんです。それが本当に嫌でした。式の最初から最後まで、私は笑っていません。写真にも笑顔で写っていないはずです。
――家庭人としては、どんなお義父さんでしたか。
はかせ:働きにも行かず、昼間からお酒を飲んでいました。大柄で、たぶん185センチくらいあったと思います。私は学校に馴染めず、家で自分で勉強していることが多かったのですが、酒を飲んだ父から「学校へ行け!」とワイン瓶で殴られました。そのため裸足で逃げたこともあります。手足を縛って暴行されることもありましたね。
――義父との暮らしはいつまで続きますか。
はかせ:私が15歳のときだと思います。私は中学受験をして、共立女子中学校に通うようになりました。みんな非常に真面目ななかで、数少ない不真面目な生徒だったと思います。

