◆家族と絶縁した直後の「卵巣がん」発覚
――その後、はかせさんはお母様とも絶縁する。何があったのでしょう。はかせ:そうです。昨年3月末に夜逃げ同然で家を出ました。きっかけというきっかけがあったわけではないのですが、義父との離婚後もいろんな男性からアプローチされては遊んでいる母に嫌悪感が募ってしまったんです。「いつまでこんなことをやっているんだ」という思いが強くて……。それで、母に「これまで男を優先してきたことを謝れ!」と怒鳴りつけて。でも謝らないんですよね。もう一緒に暮らすのは無理だし、縁を切ろうと決めました。
――重大な犯罪にも遭ったそうですね。
はかせ:2011年3月、突然、私はある事件の被害者になりました。犯人が裁判員裁判で裁かれるような類型のものです。毎日こわくて家から出られず、怯えていました。そこに、3.11の大災害が来ました。さまざまなことが重なって心細く、一緒にいてほしいまさにそのときに、母は男性と海外旅行へでかけていました。
◆「なるようにしかならない」と感じるように

はかせ:そうですね。引っ越しから1ヶ月くらいで、卵巣がんと診断されました。ステージⅢと結構進んでしまっていました。昨年12月まで入院をしていましたが、愛犬を連れて家を出た関係で、家族に任せるしか方法がなくなりました。
――その後、お母様に対してはどのような感情ですか。
はかせ:助けてもらったことに対する感謝はあります。ただ、母に対してだけでなく、人生全般について、「なるようにしかならない」とはこれまで以上に感じるようになりました。今はなるべく、溜め込まないように生きるだけだなと感じています。メイド喫茶に長く勤めるなかでそれなりに修羅場も経験したので、道に迷った人たちにアドバイスできるように、すべての経験を糧にしたいです。
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人がくじける場面でも、笑っていられる。はかせさんはたぶん、そういう人だ。ストレートに愛す方法を知らず、不器用な両親のはざまで、苦しんだ時期もあった。縁を繋ぎ止めたのに儚くもこぼれていった父親と、一度は断ち切りながらまた繋がった母親。「なるようにしかならない」という潔さは、そんな経験からくるのだろう。そんな彼女の生き方が、過分な期待を遠ざけフラットに人生を歩むための秘訣を教えてくれる。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

