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「あなたの悪いウワサを聞いた」転職者“内定取消”した企業に200万円支払い命令 裁判所が示す“採用判断”の重い責任

「あなたの悪いウワサを聞いた」転職者“内定取消”した企業に200万円支払い命令 裁判所が示す“採用判断”の重い責任

転職活動をし、その後、内定をもらってホッとしていたAさん。しかし突然、会社から「内定を留保したい」との連絡がきた。

たまったもんではない。実はAさん、すでに他の会社の内定を断ってしまっていたのである。

会社がAさんの内定を留保した理由は「前の会社でのあなたの悪いウワサを聞いた」というもの。その後、正式に内定取消となった。

これを受けて、Aさんは会社を相手に提訴。裁判所は「内定取消は無効。ウワサが真実と言えるだけの証拠がない」と判断し、会社に対して約200万円の支払いを命じた。

以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

会社は、コンピューターの周辺機器の製造や販売などを行っている(以下「Y社」)。Aさんは、転職先を探すために求職活動をしていた。

■ 採用内定
Aさんは、人材紹介会社から紹介されたY社の面接を受け、約1か月後に採用内定を受けた。内定通知書には 「社内で慎重に審査した結果、あなたを採用内定と決定いたしましたので、ご通知申し上げます」との記載があった。

採用内定をもらえれば、求職者側は「その会社に確実に入社できる」と考えるのが一般的だろう。Aさんも、Y社に入社できると考えて、ほかに採用内定をもらっていた会社と、最終面接待ちであった会社を断った。

■ Y社の社員がAさんを拒む
Y社がAさんに採用内定を出した後、社員から以下のような意見が出た。

①Bさんの意見

  • Aさんは性格的に問題がある
  • 前の会社では早朝出社し、誰とも顔を合わせることなく帰宅していたらしい
  • Aさんとは働きたくない

②Cさんの意見

  • 性格、勤務態度に問題がある
  • 前の会社を退職した経緯が不明である
  • Aさんの受け入れに反対する

■ 採用内定を留保
社員の意見を重く受け止めたのか、社長は人事担当者に対して「Aさんの採用内定を留保するよう」告げた。その後、Aさんは人材紹介会社から「Y社が内定を留保したいと言っている」との連絡を受けた。

■ Aさんが抗議
これを聞いたAさんは驚愕(きょうがく)した。たまったもんではない。他の会社を断っているのである。

AさんがY社に電話したところ、人事担当者から「あなたに関して悪いウワサがある。これらについて前の会社からの釈明文書を提出してほしい」と要望された。悪いウワサとは以下のとおりだ。

  • Aさんの勤務態度、勤怠について問題がある
  • 空売りがあること(※判決文からは詳細不明)
  • 客先とトラブルがある
  • 前の会社で問題視されていた
  • 退職に至る経緯が不明瞭

Aさんは前の会社に依頼して釈明文書を作成してもらった。そこには「悪いウワサは事実無根である」旨が記載されていた。

■ 再面接
Aさんは、Y社の社長、会長との再面接を受けた。その面接で社長と会長は「悪いウワサは真実ではない」との心証を得た。さすが会長と社長。話せば分かるのである。そして両名はAさんに対して「従業員として雇用する」と約束した。

が、しかし! さらに別の社員(Dさん・Eさん)がAさんの受け入れを拒否した...。

■ 内定取消
Aさんは再び会長から呼び出しを受けた。会長はAさんに対して「Aさんを配属しようと思っていたすべての営業現場がAさんの受け入れを拒否している。この状況においてあなたを入社させると双方にとってプラスにならない。白紙に戻したい」と述べ、内定を取り消した。

Y社側も多少は申し訳ないと感じていたのであろう。内定取消の通知書には「金銭解決として約90万円の支払いをする」との記載があった。

しかし、Aさんは内定取消に納得できず、Y社を相手取り提訴した。

裁判所の判断

Aさんの勝訴である。裁判所は「内定取消は無効」と判断した。そして、会社に対して賃金約100万円と慰謝料100万円の支払いを命じた。

■ 大前提として…内定取消は「非常に難しい」
まず大前提をお伝えする。一度出した内定を取り消すことは非常に難しい。なぜなら、それは「解雇」とほぼ同じ意味を持つからだ。

「内定」という言葉からは、“仮の契約”のような印象を受けるかもしれないが、法律的には正式な「契約」にあたる(始期付解約権留保付労働契約)。よって【内定を取り消す=契約を一方的に破棄する】こととなり、そう簡単には認められない。

また、今回のAさんのように、内定を受けた者は他の企業への就職活動をストップすることが多いので、それを取り消しされた場合のダメージは半端ない。ということで、「どんなときに内定の取り消しがOKになるか?」について、最高裁は以下の場合に限定するとの基準を示している。

「採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的に認められ社会通念上相当して是認することができる場合」(大日本印刷事件:最高裁S54.7.20)

■ 本件で内定取消が「無効」とされた理由
今回の裁判所は、判断基準を以下のように示している。

「採用内定をいったん留保し、調査、再面接後、再度、本件採用内定をした経過に照らすと、本件採用内定取消が適法になるためには、Aさんの能力、性格、識見等に問題があることについて、採用内定後新たな事実が見つかったこと、当該事実は確実な証拠に基づく等の事由が存在する必要がある」

そして、これを本件に当てはめて、次のように指摘。

「社長は、再面接の際、Aさんを採用する旨通知した後、新規開拓部の責任者である社員DさんがAさんの受け入れを拒否したこと、かつてX社(Aさんの前職企業)に勤務しその後Y社に勤務した経験のある社員EさんからAさんの悪いウワサを聞いたことが原因で、本件採用内定を取り消しているが、これらのAさんについての悪いウワサは、社長がAさんを再面接する前のウワサと同じものであり、新たな事実ではない」

さらに、次のように述べ、内定取消の有効性を否定した。

「そもそも社員EさんはAさんと同一の部署で働いた経験はなく、直接Aさんの人となりを知らないにもかかわらず、社員Eさんからの情報に依拠して、本件採用内定を取り消すことには、正当な理由がない」

加えて、裁判所は下記の点についても指摘している。

「Y社が採用内定取消の理由とする【Aさんの悪いウワサ】には、そのウワサが事実であると認めるに足りる証拠が存在しないというべきであり、採用内定取消は、この点からも理由がない」

最後に

採用内定は仮の約束ではなく【法的拘束力を持つ契約】である。企業が安易に取り消せば、大きな責任を負うことになる。本件はその典型例だ。

転職が当たり前となった現代において、企業は応募者に関するウワサなどに左右されず、客観的な事実と証拠に基づいて採用の判断をすることが求められる。

配信元: 弁護士JP

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