「オバマ元大統領のモノマネ」で一世を風靡したノッチ(60歳)の現在。“最初のブレイク”から一転、仕事ゼロの極貧時代も

「オバマ元大統領のモノマネ」で一世を風靡したノッチ(60歳)の現在。“最初のブレイク”から一転、仕事ゼロの極貧時代も

◆空前の「ボキャブラ」ブームを振り返る

ノッチ
ボキャブラで世に出たころのノッチ氏(写真左)。相方・安田和博氏(写真右)と
ーーノッチさんが最初に大きく世に出たのが、「ボキャブラ天国」。日本中を席巻するお笑いブームになったので、睡眠時間が全然ないようなこともあったんじゃないですか?

ノッチ:それがなかったんですよ。

ーーそれは意外です!

ノッチ:爆笑問題さん・ネプチューンさん・海砂利水魚さん(現くりぃむしちゅー)とかは、すごい人気でしたけどね。地方のホールで「ボキャブラ芸人集合」みたいなイベントがあっても、そのあたりのスター選手たちがいないと、5割とか6割しか埋まらなかったりしてました。もちろん、スターが1組でも入ればチケット争奪戦になるんですけどね。

ーーとはいえ、あれほどの人気番組に毎週出ていれば安泰な気もしますが。

ノッチ:いえ、むしろ焦っていました。番組自体は長年やっていたんですが、芸人がメインで出ていたのは実質半年ほどなんですよ。

ーーそんなに短いんでしたっけ?

ノッチ:例えば「爆笑レッドカーペット」はレギュラー放送が4年もありましたけど、ボキャブラは約半年。芸人はその中でチャンスをつかんでいく。だから、「早く次を見つけなきゃ!」と焦っていました。

◆仕事ゼロの極貧時代、ダチョウ倶楽部が「食わせてくれた」

ーーボキャブラが終了して、実際に次は掴めたんですか?

ノッチ:掴めなかったんですよ。全然仕事がなかったですね。事務所の先輩のダチョウ倶楽部さんのロケにちょっと出してもらうとか、とにかく自分の力ではなく先輩方の力で少し仕事があったというくらい。

ーーでは、芸人の収入では生活できないくらいの感じですか?

ノッチ:そうですね。だから、同じ事務所の先輩が、ローテーションで僕に飯を食べさせてくれるという日々でしたね。特に、ダチョウ倶楽部の3人にいつもお世話になっていました。当時はお酒もよく飲んでいたので、それでどんどん太っちゃったんですよ。

ーーかなり苦しい時代でしたね。

ノッチ:なので、太ったせいで仕事を逃しそうになった時は、痩せるためにマラソンに必死でした。


配信元: 日刊SPA!

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