◆江戸走りは100年先も、研究され続けてほしい
――今や動画が大バズりしていますが、そもそもなぜSNSを始めたのでしょう?大場:実は、自身の研究成果を発信する目的で、’19年にホームページを立ち上げたんです。でも正直、見ている人がいるのかまったくわからない。もし私がいなくなったら、この研究内容が失われてしまう。自分としては、100年先までこの文化を残したいという思いがあるんです。そこで、たとえ私が死んでも残るものは何かと考えて、まずはYouTubeを始めました。
――当初の反響は?
大場:いまひとつでしたね。伸び悩んでいたところへ「今はショート動画のほうが拡散されるし、いろいろな人に見てもらえるよ」と友達がアドバイスをしてくれました。それでその友達がやっているショート動画のコミュニティに’24年の秋頃に参加して、インスタグラムも始めたら、なんと12月に100万回再生されたんです。その動画「1分間に288歩」は現在までに1130万回、また最近ブームになった「横走り」は1700万回再生されています。

大場:講師の仕事とYouTubeの収益が少しという感じですね。
――若者を中心に「江戸走り界隈」という言葉も流行していますね。
大場:うれしい限りです。「江戸走り」という言葉が、(※5)JC・JK流行語大賞のBe-Real部門で1位になったり、とある大学の学生さんから連絡が来て、モーションキャプチャーで動きを解析していただいたり……皆さんに関心を持っていただいたのはすごく大きいですよね。
――ご家族はどんな反応を?
大場:よくも悪くも冷ややかです(笑)。妻はインドア派ですし、娘たちも「教えて」とは言ってきません。そもそも江戸走りの話を家庭ですることはありませんね。講師の仕事や取材で毎日外出していますが、帰宅すれば「ゴミ出しお願いね」「洗濯機回しといて」という日常で、ある意味ありがたいです(笑)。それでも無関心なわけではなく、娘は「友達がお前の父ちゃんバズってるなって言ってたよ」と教えてくれますし、妻も「職場で、旦那さんが新聞に載ってたわよって言われた」と話してくれたりするので、ちゃんと見てくれているのだとは思います。
――大場さん自身には、何か変化がありましたか?
大場:もう11年もやっているので、だんだんわからなくなっていますが、ひとつ言えるのは精神的な落ち着きを保てるようになったということ。以前よりも、自然に笑えるようになりました。歩くのが苦じゃなくなり運動量も増えたせいか、体形維持もできていると思います。

大場:いやいや、さすがにそれは無理ですが、駅の階段はどんなに長くても楽々と上れますから、構内のエスカレーターやエレベーターは使わないですね。
――江戸走りはこれからもどんどん広がっていきそうですね。
大場:そうありたいですね。先日、空手家の方とコラボをしたのですが、私が膝の力を抜いて体の方向を変えたら「これ、使える!」と、とても感動していただきました。そんなふうに各界の専門家とお話ししたり、外国人の方にも広めたいと思っているのですが……そもそも「緩める」に対応する英語が見当たらず、結局「リラックス」としか伝えられないので、言葉の問題は課題かもしれません。
――今後、何か考えていることはありますか?
大場:現在は、数年後に(※6)東海道五十三次500㎞を3日間で走るプロジェクトを進めています。これをひとつの柱として、たくさんの人に江戸走りを教えていきたいと考えています。今はあくまでも、大場というひとりのオタクが個人的趣味で研究をSNSにアップしている状態。今後は、学術的検証、運動工学的検証、歴史学的検証を進めて、江戸時代の走り方が日本の文化に残るような流れを作っていきたいと思います。
【Katsunori Oba】
江戸走り研究家・講師。1964年、栃木県生まれ。’14年から独自研究を始めた江戸時代の歩き方・走り方の動画がSNSで一躍、話題に。現在は全国各地で「江戸時代の走り方講座」「半身で横走り講座」などを開催。SNS総フォロワー数約30万人(2026年2月現在)。
(※1)100㎞マラソン
「ウルトラマラソン」と呼ばれるもので、全国各地で開催されている。大場氏が参加したのは「柴又100K~東京⇔埼玉⇔茨城の道~」
(※2)神足歩行術
江戸時代末期、矢野守助を師とする走り方。伊勢の竹川竹斉の教えた内容が残っており、全身を緩めることで一日40里から50里走れると言われる
(※3)裸足ランニング
靴に頼らずに足裏の感覚を研ぎ澄まし、人間本来の自然な走り方やフォーム改善、足腰の強化を目指すもの。足裏の感覚や脚の筋力が強化される
(※4)らせん流
らせん流(株)代表で元ランナーの小松美冬氏が提唱する身体操法。快・不快を基準に、らせん状に身体を動かすことで全身が整い、楽に歩けるようになる
(※5)JC・JK流行語大賞
AMF(代表・椎木里佳)が’17年より行っている、女子中高生の流行語を選ぶ賞。女子中高生のインスタグラム投稿百万件から抽出したデータを基に選定
(※6)東海道五十三次500㎞を3日間で走るプロジェクト
東海道五十三次(東京・日本橋~京都・三条大橋までの約500km)を江戸走りで完走しようというプロジェクト
取材・文/和場まさみ 構成/安羅英玉 撮影/酒井よし彦
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

