
19年間、弁当店の夜勤アルバイトで生計を立てながら、役者活動と武術を続けていた永松昌輝さん。40歳という人生の節目を前に、訪問介護のヘルパーへと転身しました。
「大変そうな仕事」。そんなイメージしかなかった介護の仕事ですが、利用者と向き合うなかで本当の魅力に気づきます。そして、思いがけず役立ったのが、舞台や武術で磨いてきた“人を見る力”だと言います。

3度の誘いで介護の世界へ
──介護の仕事を始めたきっかけを教えてください。
永松さん:きっかけは、舞台に協賛してくださった会社の社長さんから「介護のお仕事に興味ありませんか?」と声をかけられたことでした。その後、脚本講座で偶然再会して2度目のお誘いを受けました。しかし、介護は「おじいちゃん、おばあちゃんのお世話をする大変な仕事」というイメージがあり、役者活動との両立が難しいと思っていたのでお断りしていました。
3度目のお誘いは、その社長さんの会社からCMの出演オファーをいただいたときです。
そのとき、「訪問介護の仕事で正社員になっても、役者の仕事を続けられますよ」と言っていただき、安定した収入とお芝居を両立できるならと、19年続けたアルバイトを辞めて「やってみよう」と決断しました。
──19年も続けた職場を辞めるのは、勇気が必要だったのでは?
自分でも驚くほどスッキリ辞められました。40歳という節目に加えて、15年ほどお付き合いしている人と籍を入れようと考えていたので、正社員として働けることが魅力的だったんです。
「高齢者」から「個人」へ。現場で変わった介護のイメージ
──初めて利用者宅を訪問したときの感想は?
初めての訪問はよく覚えています。一人暮らしの男性の入浴介助に同行して衝撃を受けました。知らない人の家で、知らない人が全裸になって、その方に先輩がシャワーをかけていて……。頭では想像していましたが、実際に目の当たりにすると「こんな仕事があるのか」と驚きましたね。
ただ、よく観察していると先輩の動作に引き込まれたんです。シャワーヘッドに指をかけて湯温を確認したり、声をかけて足先から徐々にお湯をかけたり。一つひとつの動作に細やかな技術と心遣いが込められていて、改めて奥深い仕事だと実感しました。
──実際に働き始めて、介護の仕事に対するイメージは変わりましたか?
「大変」という印象は変わりません(笑)。でも、利用者さんの見え方は変わりました。
訪問先には、元俳優の方や元教師の方などがいらっしゃって、それぞれの人生を歩んでこられた魅力的な人なんです。「高齢者」と一括りで見ていた自分が恥ずかしくなりました。
──資格を取得してからはどんな仕事を?
今は入社して日が浅いので、買い物代行やお掃除の手伝いなどの生活援助が中心です。排泄介助や入浴介助と比べると身体的な負担が少ない仕事ですが、それでも利用者さんは本当に喜んでくださるんです。
最近うれしかったことは、初回の訪問では一切話をしてくださらなかった方が、声掛けを続けるうちに、少しずつお話しされて、今では挨拶するとニコッと笑ってくださるようになったことです。
そういう変化を間近で見ていると、お役に立てているんだなという実感が湧いてきて、やりがいを感じますね。最初は「大変そう」というイメージから始まった仕事でしたが、今は「大変」という気持ちよりも「おもしろい」という気持ちのほうが勝っています。

──介護の仕事で難しいと感じるのはどんな部分ですか?
介護の仕事を始めてから、改めて配慮することの難しさを実感しました。
つい先日、足元が不安定な利用者さんの買い物に同行しました。スーパーの狭い通路をとおるとき、すれ違う子どもに、「ごめんね、ちょっととおるよ」と声をかけたんです。すると利用者さんが表情を曇らせ、「……やめてくれ。迷惑をかけているのは、私たちなんだから」とつぶやいたんです。
利用者さんは自分が介助されていることで、周囲に迷惑をかけていると日々感じていたのだと思います。加えて、子どもに嫌な思いをさせたくないという気持ちもあったのでしょう。
私にとっては親切心のつもりでも、その方にとってはプライドを傷つける言葉になってしまったんです。
──今振り返ってみて、そのときどうすべきだったと思いますか?
その日、先輩に報告したら「外では半歩下がって歩くなど、利用者さんが介助されていると感じないよう工夫すること」と教えられました。介護って、技術だけでなく、人の尊厳を守りながら支援する、本当に奥深い仕事なんですね。

