「55歳のときの成功をもう一度」と願ったが……
その後も町田さんはFXで運用を続けました。しかし、投資で継続的に利益を出し続けることは極めて困難です。町田さんも例外ではなく、55歳でピークを迎えた後は、思ったような成績を出せなくなりました。
そして、4年間で資産は2,000万円まで減少。ここにきてようやく、町田さんは「この生活を続けるのは厳しいかもしれない」という現実に直面しました。60歳で継続雇用に切り替われば、給料も大幅に減額になります。
そんな町田さんが選んだ対策は、マンションを売却して賃貸マンションへ移ることでした。支出のなかで最も大きい住宅費を下げて手元に資金をつくる。それが手っ取り早いと考えたのです。
妻には投資を整理するためにマンションを売却したいと説明し、「一時的に相場が悪いだけ」「すぐに取り戻せるから」と押し切ります。一方で、町田さんの“成功の象徴”である車は頑なに手放しませんでした。
結果的に、港区という立地と不動産価格の上昇もあり、幸運にも購入価格より高い水準で売却。残債や手数料を引いても、手元には約3,500万円が残りました。60歳になると退職金2,000万円を受け取り、マンション売却資金とFX口座の資金を合わせて7,500万円に。
ここで、町田さんは決定的な判断ミスをします。この資金で損失を一気に取り戻そうと、高レバレッジ取引に資金を集中させたのです。
「馬鹿ですよね、なぜあんなギャンブルをしてしまったのか……」
本来であれば、老後に向けてリスクを下げる局面。何もしなければ安泰の老後、娘に残すお金が確保できました。しかし町田さんの頭にあったのは、守ることではなく、「取り戻す」ことでした。55歳のときに8,000万円まで増やした成功体験が忘れられず、「この資金があれば、もう一度あの生活に戻れる」そう考えてしまったのです。
しかし、状況は壊滅的になりました。
定年後わずか数ヵ月でFXでの損失は7,000万円に膨らみ、ついに手仕舞い、損失が確定しました。マンション売却資金も、退職金も、すべて失われました。残ったのはわずか500万円でした。
家族に真実を告白、生活再建への険しい道のり
とうとう町田さんは妻にすべてを打ち明けました。妻は、当時をこう振り返ります。
「家を売ると夫が言い始めたときから、心のどこかで最悪の事態になるかもしれないという予感はありました。でも、“とにかく住宅費を下げれば何とかなる”“また豊かな生活に戻れる”という話を信じたいという気持ちもあったんです」
結果は恐れていたとおりになりました。ですが、「いい生活をさせてもらって自分も喜んでしまった。夫を止められなかった」という反省もあり、家族一丸となって生活を立て直すことを決意したといいます。
町田さんはBMWを手放し、電車を使うように。また、継続雇用中のため副業には制限がありましたが、会社に相談したうえで休日・一定時間の仕事だけは認められたといいます。専業主婦だった妻は、スーパーなどのアルバイトを掛け持ち。夜間も働くなどして、月18万円ほどの収入を得ているといいます。
基本の生活費は月25万円を目標に、可能な限り削減。FX損失確定後に残った500万円と車の売却で得たお金を、生活の立て直しと今後の備えとして確保しました。
「娘には奨学金を借りてもらっています。本当に申し訳ない。自分たちの老後は慎ましく。私は身体が動く限りは働き続けるつもりです」
