◆年配男性の“一言”に救われた
そのとき、状況を変える一言が飛んできたという。「そんな言い方しなくてもいいでしょう。見れば分かるでしょうに」
通路を挟んだ席に座っていた年配の男性が、穏やかながら少し大きめの声で口を挟んだのだ。
「車内は再び静まり返って、男性は不満そうな表情を浮かべていましたが、ちょうどそのタイミングで車掌が巡回に来て、『何かございましたか?』と声をかけられました。事情を聞いた車掌は、妊婦の女性の体調を確認してから、男性を見て『ご配慮をお願いします』と。男性は頷くと、それ以上は何も言わなくなりました」
車内には、先ほどまでの張りつめた空気だけがしばらく残されていたという。近藤さんが振り返る。
「妊婦の女性は何度も周囲に頭を下げていましたが、近くの乗客から『気にしなくて大丈夫ですよ』という声をかけられると、ほっとしたような笑顔を見せました。荷物が少し通路にはみ出していたのは事実です。でも、注意の“言い方”ひとつで、あそこまで険悪になるなんて……。年配の男性の一言がなければ、もっと嫌な空気が続いていたかもしれません。どこか救われた気持ちです」
マナー違反を論じる前に、私たちはどんな言葉を選んでいるのか。いくら自分が正しいと思っていても、問われているのは、相手を思い描く想像力なのかもしれない。
<構成・文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

