今回は、満員電車内で、“思わぬ対峙の瞬間”に出くわしたという2人のエピソードを紹介する。
◆注意したのは“正義感”からではなかった…

そのとき、近くから小さな声が聞こえた。
「すみません、今電車で……」
声の主は、すぐ横に立つ若い男性だった。スマートフォンを耳に当て、ひたすら謝っている。どうやら仕事のトラブルらしく、相手から一方的に責められている様子だった。
「周りを気にしているのが伝わってきました。何度も通話を切ろうとしていましたが、相手が話を止めないようでした」
当然、彼には迷惑そうな視線も向けられていた。そのとき、佐藤さんの目の前に座っていたスーツ姿の男性が顔を上げた。
「おい、ここは公共の場だぞ。うるさくて迷惑だ。今すぐ電話を切れ!」
低いがよく通る声だったそうだ。若い男性は慌てて通話を切り、何度も頭を下げた。
「言い方はきつかったですが、ルールを守らせようとしたのかなと、少し頼もしくも感じました」
◆車内に響いた“もう一人の声”
数分後、着信音が鳴り響いた。音の主は、“先ほど注意したスーツ姿の男性”のスマートフォンだったという。男性は周囲を気にする様子もなく、通話ボタンを押した。
「いや、その数字じゃ話にならない。もっと強気でいけ。こっちの立場をわかっているのか……」
その声は大きく、威圧的だったようだ。
「さっき若い人を注意したときより、ずっと大きな声でしたね」
周囲の乗客は顔を見合わせ、迷惑そうな表情を浮かべていた。ふと、先ほど謝っていた若い男性を見ると、少し離れた位置でうつむいていた。
「何が正しかったのか、わからなくなりました」
駅に着くと、スーツ姿の男性は何事もなかったように電車を降りたそうだ。
「男性が注意したのは“ルールを守らない”ことに対してではなくて、自分の機嫌を守るためだったのかもしれません」

