
田丸有子
AIの登場でデジタル化がさらに加速する一方で、アナログな手書きも根強い人気があります。“年賀状じまい”が話題となっていますが、直筆の手紙には人の心を動かす力があるのも事実でしょう。
本サイトで「小粋な手紙箱」を連載していたお手紙コンシェルジュの田丸有子さんに、手紙文化の魅力を改めて紹介してもらいました。
手紙には3つのタイミングがある
私の家に郵便屋さんが配達に来るのは夕方16時ごろです。家にいるときはその時間を見計らって郵便受けを見にいきます。私あての手紙を四角い箱の中に見つけたときのときめきに似たはずむ気持ちは子どものころからまったく変わっていません。
1月1日だけは、夕方ではなく午前中に配達されます。今年も年賀状がどっさり届きました。「年賀状じまい」に心が揺れたここ数年。送る相手との付き合いを見直し、出した結論は「義務感ではなく書きたいと心から思っている、それを確信できる間は出し続けよう」でした。年賀状は新しい年の最初に届く贈り物ですから、年の瀬の忙しさの中でも心をこめてしたためれば、晴れやかな気持ちで新年を迎えられます。
年賀状からスタートして今年もたくさんの手紙のやり取りをする予定です。
手紙には次の3つのタイミングがあり、それぞれにいいな、好きだなと感じる瞬間があります。
1. 手紙をしたためる
2. 手紙を待つ
3. 手紙を読む
1.手紙をしたためる
どんな小さなことでも、誰かに伝えたい瞬間が日常の中に転がっています。育てている植物が花ひらいたとき、贈ると喜んでもらえそうな品物を見つけたとき、面白い本を読んだとき。伝えたい人の顔がパッと頭をよぎりませんか。共有したいと思った瞬間にその人がそばにいなかったら、手紙を書いてみることをおすすめします。
出来事や情報だけを伝えるならデジタルツールが良いのですが、気持ちを伝えるなら手紙が一番。相手に伝えたい気持ちがあるからペンを取る。当たり前ですが、それが手紙の原動力です。取るに足らないことでも、用事といえる事柄ではなかったとしても構いません。「あなたの顔がふと思い浮かんだので書いてみました」。手紙を読んだ人は、私を思い出してくれたのねと、うれしい気持ちになるに違いありません。たとえ言葉にしなくても手紙を送る行為が示す基本的な意味は一緒です。
相手に話しかけるように書けば気持ちがインクを通して文字の中に流れていきます。もし間違えたら書き直せば良いのです。読んでくれる相手を常に感じながら、自分の中から紡ぎ出す言葉と向き合います。とつとつと書き出し、そのうちだんだん乗ってきて書くのが追いつかないぐらい言葉がスラスラ出てくると、文字が勢いよく走っているみたいになるけれど構わず続けましょう。文字に表れた心の動きを感じとるのも手紙の面白さですから。
ただ時間がかかるのではなく、追い立てられるような時間の速さから、本来の心地よい自分のペースに戻っていく時の流れが手紙をしたためる際のペースです。書き終えたときに感じる充実感と自分自身が整う感覚は、時間も手間もかかるからこそ得られる手紙の醍醐味です。あぁ、手紙っていいなぁと感じる瞬間です。そして、気に入った切手を貼り、「無事に届きますように」と念じながらポストに差し入れます。
2.手紙を待つ
一般的に手紙は返事ありきで書くものではありません。でも、お互いに文通相手と認識している場合には、返事するのが常なので、投函した瞬間から相手の手紙が届くのを楽しみに待つ日々がはじまります。私の愛読書はモンゴメリの小説『赤毛のアン』ですが、特に好きなアンのセリフに「何かを楽しみにして待つということが、その嬉しいことの半分にあたるのよ。」があります。手紙を待つのもうれしいことの半分。文通には待つ時間が必然だからこそ受け取る喜びもひとしおです。
3.手紙を読む
私の周りにいる筆不精さんたちも手紙をもらうのは好きと言います。届いた手紙を読むのはどうしてこんなにもうれしいのでしょうか。他の誰でもない私に、手間を惜しまず書いて伝えようとしてくれたその気持ちがまずうれしい。それだけで感謝の念が湧いてきます。贈り物をいただいたときと同じ。あぁ、手紙をもらうのはうれしいな。毎回そう思います。
手紙文化は不滅
血の通った手書き文字はその人の分身のようなものです。その人の声が他の人には出せないのと同じで誰もまったく同じようには書けません。ありきたりな言葉を使っていても行間や余白に目には見えないその人だけの感情が滲んでいるような気がします。
また、手紙が伝えているのは文章だけではありません。手に取れるものすべてで表現しています。紙の手触りや、インクの色や文字の形、季節感や土地柄を表す切手など、想像力を働かせながらていねいに見ていくと、時々相手の意図がわかって面白いです。したためるときも読むときも、五感でしみじみと味わう喜びを与えてくれるのが手紙の良さでもあります。届くまで少しだけ時差があるのもすてきなところ。ロマンが宿る余地があるわけです。
とはいえ、私もふだんから常にこのような考えを意識しながら手紙をしたためているわけではありません。友人宛の手紙は本当に気軽に自由に好きなように書いています。切手の貼り方に凝ってみたり、コラージュしてみたり、イラストを描いてみたり、私自身がとにかく夢中になって楽しんでいます。その上で、どんな手紙も相手を喜ばせたい気持ちがベースにあるのは確かです。「人生は喜ばせごっこ」とは朝ドラ『あんぱん』のセリフですが、現代の手紙のやりとりもそんなところがある気がします。
手紙文化は、楽しみ方が多様化しています。見知らぬ人と文通するツールや、海外の人とポストカードを交換するデジタルとアナログを融合させた素晴らしいツールもあります。切手や消印のコレクションをする郵趣の文化も、より親しみやすい方法で楽しむ人が増えているように感じます。自由度の高い遊びの要素が加わった新しい楽しみ方を提供する人もいます。手紙をしたためるとは、自分の感性を紙の上に好きなように表現して私らしさを喜んでくれる人のもとへ贈る行為です。コスパ、タイパに優れたデジタルツールの台頭により、手紙を書く人が減っているのは確かですが、手紙文化が消滅することはないでしょう。人間らしさを保ち、心の豊かさをもたらすために必要な感情表現の交流が手紙の本質だからです。年齢も性別も関係なく楽しめて、こんなに面白くて興味の尽きない手紙文化を通して得られる豊かさはかけがえがありません。
