
少しでも安く買い物を済ませるために、自転車でスーパーをはしごして食費を切り詰めていたチカ場さん(仮名・73歳)。しかし、終わりの見えない物価高と加齢による体力の衰えから、遠くの安い店へ通う気力を失います。次第に安さより近場のコンビニの手軽さを選択し、そんな自分に落胆してしまいます。本記事では、長引くインフレの影響が「節約意欲」を奪い、お金の使い方への満足度を低下させてしまうシニアの事例を紹介します。
長引く物価高と加齢で折れた「節約」への気力
「昔は自転車で3軒のスーパーを回るのが当たり前でした。でも今は、あそこまで歩く元気が、どうしても湧いてこないんです」
チカ場ラク江さん(仮名・73歳)は夫と死別し、現在は一人暮らし。遺族年金と自身の年金を合わせた月12万円で生活しており、「いかに安く買い物を済ませるか」を日々の目標にして家計をやりくりしてきました。
チカ場さんが長年続けてきた「遠くの安い店まで行く」という習慣が崩れ始めたのは、2026年に入り、食品価格が一段と上昇してからでした。どれだけ苦労して安い店へ足を運んでも、結局は以前より高い金額を支払わなければなりません。
そんな状況に、チカ場さんは「自分の努力はもう無駄ではないか」という徒労感を感じるようになりました。
「数十円を削るために遠くまで行くのが、急に馬鹿らしくなってしまったんです」
そんな諦めの気持ちからチカ場さんが向かったのは、近所のコンビニでした。
コンビニで手にした利便性と罪悪感
家の近くのコンビニでの買い物は、重い荷物を持つ必要もなく、確かに楽でした。しかし、レジ袋の中身はパンと牛乳、小さな惣菜だけなのに、支払い額は以前のスーパーでの1.5倍に跳ね上がりました。
「もう節約しても意味ないんじゃないか」という心境で手にした利便性は、体の負担は減らしてくれましたが、心の満足感まで満たしてはくれませんでした。減っていく通帳の残高を見るたびに、チカ場さんは落ち込んでしまいます。
「またこんなに使っちゃった。私、なんて怠け者なんだろう……」
少しでも安く買うためにスーパーを回るのが、チカ場さんなりの生活のルールでした。それを放棄してコンビニに通うことに、強い罪悪感を覚えているのです。
「でも、あの距離を歩いて帰ってくる気力は、もう残ってないの……」
容赦ない値上げの波と、抗えない体力の低下。かつてチラシを見比べて工夫を凝らしていたチカ場さんの買い物の時間は、今ではただ「少しでも歩かずに済ませる手段」へと変わってしまったのです。
