◆「親が抱える受験後遺症が子供に連鎖している」
学習塾・寺子屋ネット福岡の経営者として数多くの親子と接してきた鳥羽和久氏も、受験の現場を見て、この問題を意識するようになったと語る。「受験シーズンには、多くの子供たちが過剰な不安を抱えています。でも、その不安は実は子供たちだけから生まれるものではありません。親と面談をすると、『自分はいい学校に行けなかったから』という思いが子供に過剰なプレッシャーを与えているケースも少なくない。逆に親が自分の成功体験をそのまま押しつけてしまうこともある。つまり、親が抱える受験後遺症が子供に連鎖しているのです」

「仮に自分の人生では受験と距離を置いてきた親でも、子供の進路になると急に不安になって、自信のなさが表に出ることもある。それを見ていると、受験が問題ではなく、もっと前から続く学校の仕組みそのものが影響しているのではないか、と。そのとき、『学校後遺症』という概念が頭の中に浮かびました」
◆どんな人でも少なからず持つ「学校後遺症」
では、学校後遺症とはどんなものなのか。「学校生活で繰り返し経験する行動様式が、大人になっても己の判断基準として残る現象」と鳥羽氏は説明する。「時間を守る、集団の秩序を保つ。それ自体は社会にとって必要なことです。ただ問題は、それが“唯一の正しさ”として固定されてしまうこと。遅れる人を必要以上に責めたり、空気を乱す人を排除したくなったりする。そうした硬直が後遺症なんです」
なかでも、象徴的な例として挙げられるのが、体育や給食の記憶だ。
「僕も長年、体育の球技が苦手で『運動はできない』と思い込んできました。でも、大人になって登山や水泳などを始めて、自分は身体を動かすことが好きだと気づいた。また、同じものを決まった時間に食べねばならない給食も、実はすごく統制された文化です。その経験から、大人になっても『食事は定食スタイルが基本』『嫌いなものも食べるべき』などの発想から離れらない人もいますね」
さらに、人によっては、偏差値の高い学校への進学や、内申点の高さといった成功体験が、その後の人生においても自己価値を測る基準として心に残り続けてしまうこともある。これも「実は後遺症のひとつ」だという。
「過去の自分の実績を誇りに思うこと自体は悪いことではありません。ただ、“評価されること=自分の価値”という考え方が固定されてしまうと、新しい挑戦が怖くなる。評価が下がるかもしれないことを避けるようになり、結果的に今を自由に生きにくくなるんです」
注意したいのが、「自分の行動の判断基準が、実は学校教育の影響を受けている」という自覚が本人にはあまりないことだ。
「現代社会のなかで、学校のルールは当たり前のものとして日常に溶け込んでいます。そして、 “真面目”な人たちほど『こうあらねばならない』という学校の規範を過剰に適用しがちです。ときにはそれを周囲の人に押し付け、そのルールを守らない人を排除しようとすることもある。昨今よく見るネットの炎上などは、その一例ではないでしょうか」

