高市早苗首相は2月27日の衆院予算委員会で、皇位継承は「男系男子に限るのが適切」であり、「先送りできない喫緊の課題」との認識を示した。その姿勢を歓迎しつつ、「皇室の在り方を一時の民意や短絡的な多数決で決めてはならない。令和の今こそ、継承の問題を歴史と先例に照して慎重に議論すべきだ」と語るのは皇室史家の倉山満氏だ。女系天皇や側室導入といった制度設計がもたらす危険性を、歴史的事実と法思想の観点から検証し、皇室という国家の根幹をどう守るかを倉山満氏が寄稿してくれた――(以下、皇室史家・倉山満氏による寄稿)

◆皇室は「一時の多数決」で決めてはならない
高市早苗首相が、皇室典範改正に意欲的だそうだ。歓迎する。国会での与野党合意がまとまれば、早急に可能だろう。皇位継承問題では、「わかっていない世論」に対し、政界の大多数は大人の議論をしている。一部の政党や政治家は「アンケートの結果で、次の天皇を決めよう」などと言い出している(選挙ですらない)。しかし、今や衆議院で5名強の、参議院でも15名強の超少数派が何を言おうが、「わかっていない人たち」の議論として白眼視されている。
馬の耳に念仏を唱えよう。選挙や議会での多数決に基づく近代法の前提は、「先例にとらわれず一時の多数で決めて良い。間違ったら、また変えれば良い」である。しかし、この原則は、どこの民主国でも修正されている。フランス革命の際、一回の投票で王様を処刑して取り返しがつかない悲劇が起きた。だから多数決一辺倒ではなく、慣習や先例などの不文法も尊重するのが文明国の法思想だ。たとえば、どこの国でも「少数派に一定の発言権を与える」が議会慣習である。成文法になっていようがいまいが、守られる原則だ。
その時点で合理的と思われることでも、間違っているかもしれない。だから歴史に学ぼうとの姿勢だ。今の多数派は、歴史の中では少数派にすぎない。この考え方を「死者の民主主義」と呼ぶ。未来の事はわからないから、歴史の中に先例を探す。
◆「女系天皇」という名の皇位簒奪計画
この「死者の民主主義」を最も体現しているのが、我が皇室である。皇室においては、先例を杓子定規に再現しない。考えなしに適用するなら成文法で宜しい。皇室においては、常に吉例を探す。吉例とは、伝統が続いてきた証である。一時の理性よりも歴史や伝統を尊重してきたから、皇室は続いてきた。何も知らないで聞くと尤もらしい主張が、「側室無しで男系継承は続かないに決まっている。だから、今の内に制度設計をしておかねばならない」である。その制度が「女系天皇」だそうで。
この手の設計主義者が唱える「女系天皇」とは、女性皇族をパンピーの男と結婚させて、その子供を天皇にしようとの謀略である。要するに皇位簒奪計画にほかならない。パンピーの男を皇族にして誰でも天皇になれるようにして済むなら、苦労しない。
皇統保守派の中にも、「女性皇族の配偶者と子供を皇族にすると女系天皇につながる恐れがある」と勘違いしている人がいる。恐れがあるから問題なのではなくて、その時点で国体の毀損だから大問題なのだ。

