◆「ヘロヘロしちょったら、隙まみれで殺られるじゃろが!」薬物に厳しかった先輩たち

薬物に対してやたら厳しく、やった奴は主に先輩から、少~し強めに怒られたり、軽蔑されたりしていた。
山口の高校でシンナーが一般的では勿論ないですが、当時80年台のツッパリブームの頃、ツッパリ(ヤンキー)の間でシンナーを吸う奴がちょこちょこいたのと、治安が良くない地域なので、やってる奴が多かった。
今と違って色んな薬物があるわけでなく、社会現象にもなったドラマ「積み木崩し」でもあったように、不良がやる薬物=シンナーみたいな感じだった。
あるとき、先輩に「何で薬物はダメなのか?」と質問をしたところ、「ラリってヘロヘロしちょったら、隙まみれで殺られるじゃろが!あと、不健康に痩せたら力も弱くなるじゃろ!シンナーは吸うもんじゃない!売る物じゃ!」と言われ、当時妙に納得したのを覚えている!
とりあえず薬物に対して「ダセェことはカッコ悪い」みたいなルールがあったお陰で、自分自身が変な方向に行かなくて良かったと思っている。
◆「ヤンキー殺りに行くぞ!」と息巻く同級生
そんな思春期真っ只中の中2のある日、中学の部活が一緒で、57に悪さの全部を教えてくれたと言っても過言ではないMちゃん(男)という友達が、登校するなり57の所へやってきて「哲也(57の本名)、今日放課後ええか? N高のヤンキー殺りに行くぞ!」と言ってきた。「???」となんない?
補足を入れると、うちらの中学の学区には高校が3つあって、そのどれもが怖めの高校。とくにK高校とN高校は、近隣でも「ガラの悪い高校」として有名だった。
当時高校生と中学生は、不良でも兄弟や親戚でない限り、基本的に絡むことはない。
どんだけイキがっていても、身体の出来た大人な高校ヤンキーとはなるべく目を合わさないようにする。そもそも中学生が高校生のヤンキーから相手にされる事もなかったのに、何故自分たちがあえて殺りに行くのか?しかもよりによって、「N高」って!
Mちゃんいわく、その頃は毎日のように3、4人のN高ヤンキーが、K地区と市内を隔てる川の堤防や鉄橋のあたりで、シンナーを吸ってラリっていたとの事。
「うちらの街でラリってるのが許せないから、成敗しに行く!」と。
Mちゃんとは同じ野球部でウマが合うし、笑いの感覚も似てたから仲良くなった。だけど、とにかくもう血の気が多い!
野球の試合後の第2試合(ケンカ)は当たり前。57が先輩と揉めて困っていたら、助けてくれたりと頼りになるし良い所も沢山ある。だけど、高校生襲撃は流石に…
それでも、気が付いたら放課後堤防の所にいた。

