安心のための選択が、奪ってしまうもの
和子さんが入居して半年後、要介護度は一段階上がりました。健一さんは帰りの電車の中で、自分の判断を何度も反芻したといいます。
「守っているつもりで、奪っていたのかもしれないなって……」
老後の住まい選びで、本当に大切なのは「どれだけ手厚いか」ではありません。どれだけその人の生活の主体を残せるか、です。すべてを任せる環境が、必ずしも最善とは限りません。見守りを受けながらも自分で生活を組み立てられる住まい、在宅介護と外部サービスを組み合わせる形など、選択肢は本来もっとあったはずです。
月額18万円という金額も、「安全のため」と考える前に、そのお金でどんな生活が成り立つのか、一度立ち止まって検討する余地がありました。老後資金は、長く生きるためだけのものではありません。その人らしく生き続けるための資源です。
「楽をさせたい」という思いは、間違いなく愛情です。ただ、その愛情が、親の生きがいまで奪っていないか。老人ホームを検討するそのときこそ、私たちはその問いと真正面から向き合う必要があります。失われるのはお金以上に、取り戻せない時間と、生きる力なのです。では、どう備えればいいのでしょうか。
高齢親の老人ホームを検討する際に重要なポイント
ファイナンシャルプランナーとして、筆者がご家族に必ずお伝えしていることがあります。
まず最初に行うべきは、「施設を探すこと」ではなく、「親の現在地を数値で把握すること」です。年金額はいくらか。預貯金はいくらか。持ち家か賃貸か。介護保険の自己負担割合は何割か。これらを整理せずに感情で動くと、必要以上に高額な選択をしてしまうことがあります。
次に重要なのは、「選択肢を段階的に並べること」です。いきなり月18万円の施設に入る前に、在宅+訪問介護、デイサービス併用、見守り付き高齢者住宅など、費用と生活自由度のバランスを比較する。安全性だけでなく、活動量や役割の維持という観点を必ず入れるべきです。
そしてもう一つ。これは見落とされがちですが、「親本人に決めてもらう時間を確保すること」です。判断能力があるうちに、どんな老後を望むのかを具体的に聞いておく。施設に入るかどうかよりも、「どんな一日を過ごしたいか」を共有するほうがはるかに重要です。
老後資金は、長生きのための資金ではありません。自分らしく生き切るための資金です。もちろん安全は大切です。しかし、安全だけを最適化した老後が、必ずしも幸福とは限りません。数字を冷静にみつめ、選択肢を並べ、本人の意思を尊重する。その3つを押さえるだけで、後悔の確率は確実に下がります。
「楽をさせる」ことと、「生きる力を守る」ことは、必ずしも同じではありません。その違いを理解したうえでお金を使うことこそ、家族にできる本当の備えなのです。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
