コンビニに駆け込み、「ストロング系」と呼ばれる缶チューハイを買い、そのまま胃に流し込む。ようやく吐き気も震えも止まる。完全にアルコール依存症の状態だ。それを1日に何度も繰り返す。
いくら飲んでも酔いつぶれることができなくなった。しかし、体は確実に蝕まれていくーー。
本連載では、20代でアルコール依存症になった、ひとりの編集者の転落と回復の日々を追う。

◆ストレスのはけ口は酒だけではない
筆者の性格を一言で表すと「卑屈」である。何事もマイナスに捉え、どうがんばってもポジティブに考えることができない。仕事もプライベートも変わりない。それで、ストレスを溜め、徐々に被害妄想も激しくなり、日々不安と憤りを感じながら、腹を痛めて生きている。そのストレスのはけ口として、筆者は酒に逃げた。いや、酒だけではない。高カロリーの弁当を一気にかき込むドカ食い気絶、ニコチンが多く含まれたタバコ、エナジードリンク(以下、エナドリ)……。勝手に抱えたストレスや不安を、口からなにかを流し込むことによって、すべてを浄化しようとしたのである。酒が嫌なことを忘れさせ、暴食が幸福感となり、タバコが荒ぶる神経を落ち着かせ、エナドリは翌日の体調を整えてくれた。
酒をやめた今も変わらない。終身雇用の企業で働かない代わりに、大手出版社から著書も出せたため、それなりに胸を張って生きていけるはずだ。ただ、いまだに両親を前にすると、IT企業に勤めたり、アプリを開発したり、起業したり、外資系企業で働いたほうが、安心させられたのではないかと考えてしまう。
別に両親は今の筆者の仕事を応援してくれているのだが、勝手に自分がそう思ってしまい、それがさらにストレスに変換されるのだ。
◆卑屈さの原点は小学生時代に
この卑屈さはいつから始まったのか? 多分、小学生の頃からだろう。当時、小学校のサッカーチームに入っていた筆者だが、あまりにも運動音痴だったため、同級生たちが選抜メンバーとして活躍するなか、筆者はベンチにも入れず、「Bチーム」として下級生たちと練習していた。「友達が入っているから、自分もやりたい」と言い出して始めたわけだが、恐ろしいほどに才能がなかったのである。みんなと同じ練習をしているはずなのに、自分だけまったく上手くならない。周りの人間から見てもそう思われただろう。そして、己の実力のなさを痛感するのは自分自身だ。
誰もそんなことを言っていないのだが、この状況を見るに「お前は必要じゃない」と周囲から思われているに違いない。そこから、子どもながらに「自分はなにもできないんだ……」と、すべての自信を喪失してしまった。
さすがに小学生で楽しくサッカーをできず、嫌々続けて自分の不甲斐なさに日々落ち込んだところで、なにも徳がない。そこで、両親に「辞めたい」と頼み込んだのだが、「最後までやり切りなさい」と叱責されて終わった。確かにその通りである。
そこで、楽しくないながらも「続けることに意味がある」ということを見出して小学校を卒業したあとも、中学校でもサッカーを続けた。下手なりにうまく立ち回れていたはずなのだが、結局サッカー部が原因でイジメというか事件に遭い、それが学校中を巻き込む大きな問題に発展してしまったため、さらに卑屈になった。
「がんばろうとしただけなのに……。努力は実を結ばないものだな」
単純に自分が得意ではない分野に精を出していただけであって、ほかにも得意としていることや趣味や特技はあった。しかし、一度でも「無能」という烙印を押されてしまうと、人生何事も前向きには進めなくなる。「自分はなにをやってもできない」という考えが先に出てしまうようになったのだ。

