2月、パリで開かれた展示会「ワインパリ」に参加してきました。そこで、ソーテルヌの名門ワイナリー「シガラス・ラボー」が発表したノンアルコールのワイン「シガラス・ラボー×モデラート」を試飲する機会をいただきました。「ワインパリ」でも、一つのフロアが丸々ノンアルコールドリンクのメーカーで埋め尽くされるなど、注目が集まっていることを感じました。
1855年、パリ万国博覧会時にナポレオン三世の要請により、優れた赤ワインを生み出すボルドーのメドック地区と、甘口ワインの生産地であるソーテルヌ・バルザック地区の格付けが行われました。その際、「シガラス・ラボー」は第一級の評価を受け、格付けされた中で、今なお家族経営を守る唯一のワイナリーとしても知られています。

ノンアルコールワインブランド「モデラート」は、これまで、フランスの南西地方の原料を中心に、コロンバールや、シャルドネ、メルロー、タナといった品種からノンアルコールワインを造ってきましたが、今回のソーテルヌの格付け第一級ワイナリーとのコラボレーションは、「ワインパリ」でも話題を呼んでいました。技術者のセバスチャン・トマ氏は、「ワインに近いものを造るのではなく、新しいものを造りたい」と語ります。香りが失われないように低温で蒸溜する技術を、シガラス・ラボーとのコラボレーションでも生かし、私自身も試飲をさせてもらいましたが、しっかりとソーテルヌの香りが感じられることに驚きました。

「シガラス・ラボー」が構えるソーテルヌは、特定の気候を持つ地域のみが生み出すことができる甘口ワイン「貴腐ワイン」で名を馳(は)せます。「シガラス・ラボー」の現・当主のロール・コンペイロ氏は、これまでも、偉大な甘口ワインの産地でありながら、素晴らしい辛口ワインや、アイデアを凝らしたスパークリングワインまでも生み出してきた、ソーテルヌにおける革新的存在です。
現在、世界のアルコール消費が減少傾向にあることで、ボルドーでは、ブドウの樹の伐採が進められていると聞きます。しかし、栽培醸造家である私には、「ブドウの樹を引き抜き、そこへ何を植えるのだろう?」と素朴な疑問が浮かんできます。
私の故郷である山梨県の勝沼町は、古くから丘陵地を生かしたブドウ栽培が盛んでした。平地が無く、水はけの良い土壌から、勝沼町では、お米を栽培する水田を作ることが難しかったのです。世界的に見ても、偉大なワインを生み出す畑というのは、決して肥沃(ひよく)な土壌ではありません。ブドウの伐採が続くボルドーに待ったをかけるかのように、昨年「シガラス・ラボー」は、2haの土地をソーテルヌに購入しています。コンペイロ氏のソーテルヌという産地を残そうとする使命感、そして、セミヨンという土地の品種への誇りに圧倒されます。コンペイロ氏が「ノンアルコールであっても、ソーテルヌというテロワール(その土地ならではの個性)が感じられなければならない」と話したとき、彼女にとって、このノンアルコールワインは、ソーテルヌの新しい表現なのだと理解しました。ワイン造りで最も尊いとされるのは、産地の味わいをワインに映し出すことです。ワインであろうと、ノンアルコールであろうと、一貫した哲学を感じました。

ノンアルコールワインについては、シガラス・ラボーのように、その土地の新しい表現として挑戦するワイナリーもあれば、消費者を想う気持ちから発案されたブランドもあります。LVMH社のノンアルコールスパークリングワイン「French Bloom」誕生のきっかけは、妊娠した女性がワインを飲めないことへの配慮だったそうです。
ノンアルコールドリンクを専門に日本へ輸入する安藤裕さんのご紹介で、優れたオルタナティブ(代替)も試飲させていただきました。フランスのマントンに位置するミシュラン三つ星レストラン「ミラズール」のマウロ・コラグレコ氏が考案した、限定のハーブや食材を使ったノンアルコールドリンク「TEMPERA」です。

間もなく日本で販売されることが決まっている3種類を試飲し、殊にスパークリングドリンクは、塩味を感じるような後味に食欲もそそられ、最初の一杯に最適だと感じました。エルダーフラワーやヴェルヴェ―ヌといったハーブの香りに加え、アルゼンチン出身のコラグレコシェフにゆかりのあるマテも使われており、個性を感じるとともに、フレッシュで繊細な香りにまとまっています。春には、コラグレコ氏と、長年氏のもとでスーシェフを務めた宮本悠平氏が手がける、東京・大手町のレストラン「CYCLE by Mauro Colagreco」でも提供されることが決まっているそうです。現在、ノンアルコールペアリングというと、グランメゾンでは、台湾茶のような香り高いお茶や緑茶が選ばれることが多いように感じていますが、ワインの代替という枠を超えたノンアルコールが、今後どのようにソムリエたちに採用されていくのか…楽しみに待ちたいと思います。

また、安藤さんから、ノンアルコールの蒸留酒もご案内いただき、「ワインパリ」の会場で試すことができました。ノンアルコールの蒸留酒と一口に言っても、水にフレーバーを足したような大衆的なものから、優れたノンアルコールの技術により、良質なノンアルコールラム、ジンなども造られていることを実際に試飲しながら教えていただきました。

ノンアルコールは、妊娠や、病気を患ったことなどで、一時期アルコールと離れざるを得なくなってしまった方々の選択肢というだけではなく、ライフスタイルの一つになっていることを感じます。昨今では、フェステイヴシーズン終了後にアルコールを1ヶ月絶つ「Dry January(ドライ・ジャニュアリー)」の運動も行われていると聞きます。そのような流れを受け、今後、アルコール業界は、どのように変容していくのでしょうか。
2025年9月、国際ワインアカデミーが、第80回国連総会で提案される非感染症疾患の予防とメンタルヘルス促進の決議案に対し、声明文を発表しました。この声明文には著名な醸造家やワインジャーナリストたちが名を連ね、8000年もの間、世界で親しまれてきたワインの文化性の重要度をうたい、2023年にWHOが「ごく少量のワインでも健康をもたらす」発表した事例についても、データが少なく早急すぎる結論ではないかと疑問を投げかけています。確かに、NASEM(全米科学・工学・医学アカデミー)の最近の報告では「アルコールを全く摂取しない場合と比較して、適度な摂取は全死亡率の低下と関連している」と結論付けており、WHOの発表とは相違が見られます。
この声明文は、アルゼンチンのカテナ・サパタワイナリー当主、ラウラ・カテナ博士の解説によって補完されています。私は、アルゼンチンでの修業時代、カテナ・サパタワイナリーで経験を積みましたので、カテナ博士は上司にも当たる存在でした。博士は、醸造家であると同時に、ハーバード大学で生物学を専攻した後、スタンフォード大学で医学博士号を取得した医師でもあり、アルコールに関する長期のランダム化比較試験が検証されていないことを指摘しています。その上で、カテナ博士は、ハーバード大学医学部の研究で、軽度から中程度の飲酒が、扁桃体の活動を抑制し、不安を軽減させることも分かっていると話しています。

カテナ博士の言葉には、ワインと上手に付き合ってほしいというメッセージが込められているように感じました。記事を書く私も、しっかりと情報の公平性を判断し、自らの舌で味を確かめながら文字にしなければならないと気持ちが引き締められます。そして、味わいと香りを楽しみながら、大量に消費するのではなく良質なワインを適量飲む、ワインを飲みながら時々水も飲む、食事をしながらゆっくり飲む、週に一日はアルコールを摂らない日を設けるなどといった、ワインとの良い関係性を提案したいと思います。
今回、ヨーロッパ行きの飛行機の中で鑑賞した、実話を基にした映画「風のマジム」では、沖縄産のさとうきびを使ったオリジナルのラムを造ろうと奮闘する女性の姿が描かれています。その中で、主人公を演じる伊藤沙莉さんがお酒を飲みながら、「デージ(すごく)おいしい」と声を上げるシーンがあります。観ている私までつられて笑顔になってしまうのでした。ワインも、飲む人に幸せを運んでくれる飲み物です。
ワイナリーを営む一家に生まれた私にとって、今回の記事を書くのは、いつもより少しだけ覚悟がいることでした。会場で試飲を続けるうち、そもそもノンアルコールは、アルコールのライバルではないと考えるようになりました。ワインは、お料理と合わせたとき、味わいの相乗効果が感じられることも多々あります。ドライバーや何らかの理由でアルコールを摂られない方々にとって、進化するノンアルコールが、ワインを飲む方たちと同じくらい食事を楽しめる選択肢になるといいなとも思います。
アルコールも、ノンアルコールも、優れた技術者たちは、良質なものを造ろうと心血を注いでいます。「モデラート」の技術者、セバスチャン・トマ氏は、ご自身のルーツであるコニャックを使い、いつか良質なノンアルコールコニャックを造ってみたいと穏やかな口調で語ってくれました。私も一人の技術者として、美しい精神に触れた瞬間でした。
そして、ソーテルヌという偉大な産地を残そうと奮闘するロール・コンペイロ氏と、健全な形でワイン文化を守ろうとするラウラ・カテナ氏という二人の女性醸造家の勇気に心からの拍手を送りたいと思います。
・ワイン好きのあなたに贈る 世界の女性醸造家たちの勇気と情熱
・香り高きハーブの世界
