◆もう「M-1」に出られないと思った

千葉ゴウ:仕方ないことですが、病院で説明を受けたときは「もう『M-1グランプリ』に出られないのかな」と思いました。でも、まともに生きるために「どうすればいいんだろう」とも考えていましたね。入院中は1日1回、言語のリハビリがあって。「今日は何日ですか?」と聞かれても「2025年……2月……」と、時間をかけないと答えが出てこないんです。コンビ名にしても「なんだっけ」となって、入間国際宣言の「国際」はかろうじて「ひらがなで書けます」と言ったり、今以上に、危うい状態だったとは思います。
◆自分の人生を貫くため、執念で舞台に復帰
――2025年9月2日には、自身のXで活動復帰を報告。療養も経て、その間はどのような生活を送っていたのでしょうか?千葉ゴウ:一度、3月17日に退院したんですよ。病院でのリハビリがきつかったので「もう出たいです」とお願いして。その後、アパートの契約更新があり、同期のお笑いコンビ・ゆにばーすの川瀬名人が「オレのところに来へんか?」と言ってくれて、ルームシェアをはじめました。でも、6月に病院から「千葉さん、もう1回手術しましょう」と連絡が来たんです。
結局、2ヶ月ほどの入院期間があり、ようやく退院できたのが2025年7月末ぐらいでした。夏を療養に費やさなければいけないのがきつかったんですが、退院後には体調もだいぶマシになって。で、その頃から毎日、時間にしては30分〜1時間ほどでしたが、徐々にネタを書けるようになってきたんです。その後、8月中旬ぐらいにマネージャーと相方の好孝(西田どらやき)との打ち合わせがあり、僕は「絶対に『M-1グランプリ』には出たいので、復帰させてください」と言って、9月に仕事には復帰して、10月2日に行われた「M-1グランプリ2025」の1回戦で、舞台復帰しました。
――倒れてから約9ヶ月。一時は命の危機に瀕しながらも、舞台へ戻った事実からは、お笑い芸人への熱意や執念すら感じられます。
千葉ゴウ:お笑いを辞めてしまったら「人生、すげえつまんねえな」と、正直思うんですよ。何のために生きてるか分からないし、自分じゃなくなる可能性もあって。他に何かあるかといったら、何もない自分がいますし、一番得意なのは「お笑い」といっても過言ではないから。僕が倒れたのを知った同級生が「辞めて、こっちに帰ってくるか」とも誘ってくれても、ありがたいですが断って、とにかく「M-1グランプリ」のために復帰しようと思っていました。

