◆娘たちから供給される“父キムタク”の素顔
これは、年齢を重ねたことで、時に強力なアンチを生むことがある「アイドル性」が木村から失われたわけではないと思う。いわゆる「いい年の取り方をした」とはまた違う。個人の印象だが、キムタクは今もずっとキムタクのままであり続けている。
“国民的アイドル木村拓哉”というパブリックイメージにはずっとブレはないのではない気がする。
一般的には多くの人にとっては近寄りがたいカリスマ性よりも、少し隙があるぐらいのほうが受け入れられやすい時代ではある。そこを、2人の娘のSNSの投稿やトークなどで明かされる、父親としての家庭人木村拓哉像が、キムタクをいじっても誰も怒らない位置から提供されたことは大きい。
「飾らない」というのはキムタクの魅力のひとつであるが、それは時には「意識高い」位置から発せられることも時折あり、それによってスター性は保ち続けるとともに、アンチ的感覚も継続させてきた側面はあるだろう。
そんな“国民的アイドル木村拓哉”というパブリックイメージを軽々と崩し、かついい方向に着地させてくれる娘たち。
そこには家族仲の良さがあってのことであり、アイドルグループ内でもメンバーの仲の良さを求められることの多い時代だからこそ、その仲良しオーラがいつしか木村ファミリーの好感、そして木村拓哉個人への好感や再評価につながっていったのではないだろうか。
◆決してブレない唯一無二の存在になった
さらにいえば、不倫などの芸能人のスキャンダルが起こるたび、キムタクは結婚後にそのような噂やスキャンダルが一切ないことがSNSなどで取り沙汰されていた。近年、好感度の高いタレントや俳優の不倫が連発したことでも、その夫婦、家族の安定感を強く意識する機会が多かったことも大きいのではないだろうか。
そしてそれは、そのような家族仲も含め、前述した本人がブレなく「キムタク」像を貫き続けた結果なのだろう。
男性アイドルは、長く活動を続けるうち、俳優業に力を注いだり、アーティスト性の高いシンガーになったりするなどその方向性は年齢とともに変化していく。そして時にはその変化にファンが戸惑うこともあったりする。
木村の場合、俳優活動は言うまでもなく、ソロアイドルとしての歌手活動、そしてバラエティやYouTubeなども含めてさまざまな顔を見せるが、それはすべてみんなが思う「キムタク」のままであり続けてきた。
バラエティでも、「アイドルなのに」という部分も見せず、かっこいいまま、キムタクのままで笑いをとる。これはなかなか他のアイドルにはできないかと思う。
かつてはそれを「何をやってもキムタク」と揶揄されることもあった。『教場』シリーズだってそういう向きもあるかもしれない。
しかし、それでよかったのだろう。キムタクはキムタクのままであり続けたことで、いわゆる「昭和のスター」ともまた違う、類型が存在しない存在になったというのが現在の位置な気がする。
それゆえに、この先がどうなっていくのかは全くわからない。木村本人でなく、家族の誰かの評価が変わることで、木村の好感度が爆下げとなることだってあるかもしれない。
ファミリーの好感度をどう保たせてくれるのか、それを見守っていきたい。
<文・太田サトル>
【太田サトル】
ライター・編集・インタビュアー・アイドルウォッチャー(男女とも)。ウェブや雑誌などでエンタメ系記事やインタビューなどを主に執筆。

