「老後資金だけは貯めてきた」…誇らしげな父
健太さんは子ども時代から多くの我慢を重ねてきました。
クラスで流行していた携帯ゲーム機は買ってもらえず、友達の会話に入れないこともしばしばありました。漫画もほとんど買ってもらえず、続きが読みたくて友達の家でまとめて読ませてもらったこともあります。
高校生になると、放課後に友人たちが駅前のカフェやファミレスに立ち寄ることもありました。お小遣い3,000円、ドリンクバー代を惜しんで、自転車でまっすぐ帰宅することも。流行の洋服など望むべくもありません。
参考書を買うのにも顔色を窺う日々。勉強優先でアルバイトも許されず、どこか薄暗い学生時代だったと振り返ります。
そして大学費用。あのとき借りた奨学金の返済は、仕事と子育てに追われる40代となった今も続いています。
「貧乏」は事実ではなかったのか――。
「質素に生きてきたからこそ、これだけ貯まったんだ。お前に迷惑をかけないために、老後資金だけはしっかり準備してきた」
父は誇らしげでした。
取り戻せない「時間」という価値
相続弁護士相談広場 編集部が2024年に実施した「両親の預貯金・財産」についての調査(40~69歳 男女100名)によれば、親の預貯金や財産を把握しているかという質問に対し、「把握している」が33.3%、「わからない」が66.7%です。
大半が親の資産を把握しておらず、ましてや子ども時代などは、親からの言葉や生活ぶりで判断してしまうのは当然でしょう。健太さんも、まさにそうでした。
入居から半年。整えられた部屋で、父は穏やかに暮らしています。やがて実家も売却され、その資産は最終的に健太さんへ渡るでしょう。「それならよかったじゃないか」と父のスタンスに賛同する人もいるのかもしれません。
けれど、父の考えは、子ども時代の“今”ではなく、「先」へ向いていました。あのとき、子ども時代、惨めな思いをしなくて済んだかもしれない。奨学金を借りずに済んだかもしれない。家族での旅行やおでかけ。もう少し家族にお金を使っていてくれていたなら――。
その価値は、今となっては取り戻せないものになっているのではないか。父は悪人ではない。それでも、健太さんの胸の奥には、埋まらない違和感が静かに残り続けています。
