2023年5月、8年間介護してきた母・恵子さんを亡くした脳科学者の恩蔵絢子(おんぞう・あやこ)さん。娘としてだけでなく研究者としても認知症とその人らしさに向き合ってきました。最終回は、治療以外に周囲の人ができることについて伺いました。
恩蔵絢子さんのプロフィール
おんぞう・あやこ
1979(昭和54)年神奈川県生まれ。脳科学者。2007年東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程を修了、学術博士。22年5月現在、金城学院大学・早稲田大学・日本女子大学で非常勤講師を務める。専門は自意識と感情。母親が認知症になったことをきっかけに、生活の中で見られる症状を記録し脳科学者として分析した『脳科学者の母が、認知症になる』(河出書房新社刊)を18年に出版。近著に『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか』(中央法規出版刊)など。
私の変顔に変顔を返してくれる母
アルツハイマー病の進行を抑制する薬「レカネマブ」が2023年9月に承認され、12月には保険が適用になりました。アミロイドβの除去に効果がある薬ができたことは、とてもうれしいことですが、高額で、心配な副作用もあると言われており、私としてはまだ楽観的になることはできないでいます。
脳科学者でもある私の立場からは、治療については専門家に任せて、身近な人が認知症と診断されたときに、まわりの人はどのようにそれを受け入れ、何ができるのかということを、これからもお話ししていきたいと思います。
私自身、母の介護で、自分のための時間がどんどんなくなっていき、行き詰まりを感じていたとき、ケアマネジャーさんの言葉で「ハッ」としたことがありました。
「最近、必要以外の言葉を使っていますか」と言われたのです。確かに、母が生きていくための衣食住に必要な言葉しか使っていませんでした。「これ着て」「これ履いて」「これ食べて」「何か食べなきゃ痩せちゃうし死んじゃうよ」といった感じです。母の身に立てば、常に何かお願いされ、人に指示されている状態で、それはとても苦しいことだと思います。
私の口から出る言葉は、せかすように、あれして、これしてということばかり。そのお願いにパッと応えてくれないことで母をすごく駄目な人に感じてしまうような状態に私もなってしまっていました。全く余裕がなくなっていたのです。
それでケアマネジャーさんに「必要以外の言葉ってどういう言葉ですか」と尋ねました。
すると食卓の上にある花を指して「恵子さん、お花きれいですね」と。すぐに母も「きれいだよ」と返したので驚きました。「この服着て」などとお願いしても無反応で、全然動けなくなっていたときでしたから。さらにケアマネさんがわざと「この色ってピンクでしたっけ」ととぼけると「何言ってるの。当たり前じゃない」と、母がこちら側に教えてくるような振る舞いまで見せたのです。
母は色もわかるし、きれいな世界も見えている、いろいろなことを感じて生きているんだなと気付けました。やさしい方や真面目な方はついつい完璧に介護をしようとして、生きるために必要なことに集中しがちですが、無駄な遊びや無駄な言葉こそが大事なのだと大発見した気持ちになりました。
我が家では、意味もなく「変顔」をしてみることにもしました。すると、母が倍ぐらいの変顔(笑)を返してくるのです。一緒に笑いたいとか、私を楽しませたい気持ちが母にもあるのだなとすごく感じられました。

