「医者の青田買い」が深刻化した影響で誕生…早稲田大学の「医学部なき医師養成」

「医者の青田買い」が深刻化した影響で誕生…早稲田大学の「医学部なき医師養成」

医学の進歩に欠かせない解剖学や生理学、あるいは法医学や公衆衛生といった「基礎・社会医学」。しかし、2004年の制度改革以降、これらの分野は若手医師のキャリアから遠ざかる一方です。臨床研修の義務化により、病院の各診療科による早期勧誘が常態化し、日本の医学の礎が揺らいでいます。本記事では、奈良県立医科大学理事長・学長の細井裕司氏の著書『挑戦する人か、文句を言う人か』(日経BP)より、医学界が直面する「研究医不足」の真因と、その対策として動き出した大学による教育改革の最前線を解説します。

新医師臨床研修制度による「医師の青田買い」…「基礎医学・社会医学離れが進む

2011年12月、早稲田の学生が奈良医大で医師免許を獲得する機会が生まれた。早稲田大学との連携を生かして実現したのが「奈良県立医科大学・早稲田大学 基礎医学・社会医学系研究医養成コース」(以下、研究医養成コース)だ。

「研究医養成コース」では、早稲田大学で理工系学部に通う学生が奈良医大の2年次に編入し、医師免許の獲得と臨床研修を終えたあとに「基礎医学・社会医学」分野の研究者に進む。基礎医学とは、解剖学、生理学、生化学、病理学、細菌学、薬理学、免疫学などを指す。社会医学には、法医学、公衆衛生学といった分野がある。これらはいわば、医学の礎となる研究分野だ。

研究医養成コースが誕生した背景には、「基礎医学・社会医学離れ」という深刻な課題があった。

発端は2004年に開始された新医師臨床研修制度だ。2004年以前、基礎医学・社会医学の研究者を目指す人は、卒業後、すぐに基礎医学や社会医学の教室で研究に従事できた。しかし、新医師臨床研修制度が開始されると、卒業後の2年間は、内科、外科など臨床系の各診療科を回ることが義務化された。

そこで起きたのが、各診療科の先生による勧誘だ。企業社会でいう「青田買い」である。声をかけられた者はその多くが病院の診療科(臨床系)に進むことを選んだ。その一方で、基礎医学や社会医学の研究を選ぶ人が減少傾向にあった。

やがて研究医の減少に危機感をもった文部科学省は、2010年に「研究医養成コース」という特別枠を設け、設置した大学は学生の定員を増員できるという制度を開始した。特別枠設置の認可が下りるのは、複数の大学と連携して、研究医養成の拠点を形成し、一貫したカリキュラムを提供できる大学だ。当時、東京大学、京都大学、大阪大学など国立の8大学ほどが先行して研究医養成コースを設置していた。

研究医養成の定員を拡大するメリットは、大学の研究力(総合力)が高まることだ。私は早稲田大学との連携を生かして、研究医養成コースの認可が取れるのではないかと考えた。

そして当時、早稲田大学の教務部長を務めていた田中愛治先生(現総長)に、研究医養成コースの設置を提案した。田中先生は即座に賛同してくれた。そこで一緒に文部科学省への事前相談に臨むと、省の担当者からも前向きな反応が得られ、計画は着実に動き出すかに見えた。だが、思いもよらない2つの難関が待っていた。

早稲田大学内部からの反対

研究医養成コースの設置に向けて動いた我々に対し、立ちはだかった最初の壁は、早稲田大学内部からの反対だ。

教授の間から出された意見は「早稲田の理工系の人材を奈良医大に送り出せば、優秀な学生を失うことになるのではないか」という懸念だった。これに対し、私は「理工系の教育を受けた上で医師免許を取得した研究者の存在が、学術界全体にとっていかに大きな価値を持つか」を訴え続けた。

医学と工学、さらには社会科学の知見を兼ね備えた人材は、基礎医学や社会医学の発展に必ず大きな役割を果たす。そのような人材を輩出することは、早稲田大学にとっても「新たな価値創造」につながるはずだ。熱意を込めて説明を重ねた結果、反対されていた教授も理解を示され、遂に承認を得ることができた。

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