制度上の思わぬ壁
しかしこのあと、制度上の思わぬ壁が立ちはだかった。申請締め切りのわずか数日前、早稲田大学から一本の連絡が入った。文部科学省に最終確認したところ、「奈良医大と早稲田の2校だけでは研究医養成コースの認可が下りない」という。なんと連携校として少なくとも1つの医学部が入っていることが条件だったのだ。
この知らせを受けると、私は頭を抱えた。しかし、迷っている時間はない。私はすぐに動いた。同じ耳鼻咽喉科が専門で旧知の関係にあった関西医科大学の山下敏夫理事長・学長(当時)に電話をかけ、連携を依頼したのだ。締め切り直前の突然の依頼だったが、ありがたいことに山下先生の返答は驚くほど速かった。
「分かりました。協力しましょう」。即断即決の一言に、私は深く感謝した。即決いただけたのは、山下先生自身が理事長と学長を兼務されていたことも大きい。もし、経営トップの理事長と、学長が別の人物である場合、双方の許可を得なければならず、申請日に間に合わなかっただろう。
こうして、奈良県立医科大学・早稲田大学・関西医科大学という三者の連携による「研究医養成コース」の枠組みが整った。土壇場の協力で無事に申請でき、2011年12月、文部科学省から正式に認可を得るに至った。そして翌2012年4月、研究医養成コースはついにスタートを切ったのである。
医師免許と理工系の素養を併せ持つ人材の育成
現在、「奈良県立医科大学・早稲田大学 基礎医学・社会医学系研究医養成コース」は、教育プログラムとしてしっかりと根を下ろしている。先に簡単に仕組みを説明したが、改めて詳細を紹介しよう。
対象となるのは、早稲田の先進理工学部、創造理工学部、人間科学部から選抜された編入学生と、奈良医大の学部生から選抜された学生だ。
早稲田から編入後、5年間の教育課程を基本として、学生は奈良医大を卒業後、医師免許を取得する。その後、医師臨床研修を受け、臨床的素養を身に付けた上で、奈良医大または、関西医大、早稲田の大学院に進み、最終的には基礎医学や社会医学の分野で研究者として活躍するというキャリアプランだ(図表参照)。
[図表]研究医養成コースの仕組み
特徴的なのは、医師免許と理工系の素養を併せ持った「複合型人材」を育成する点である。分子生物学やゲノム研究といった基礎医学分野はもちろん、人工知能やデータサイエンスを活用した医療研究、公衆衛生政策や医療経済学といった社会医学の領域においても、新しい研究の芽がここから育つ可能性は大きい。
ちなみに、関西医大もその後、独自に「研究医養成コース」を開設したが、本学も連携大学に加わって、相互に協力し合う関係を築いている。
研究医養成の道のりは、決して一朝一夕で成果が現れるものではない。学生が医師として臨床研修を終え、大学院に進学し、独立した研究者として歩み始めるまでには10年以上の歳月がかかる。つまり、研究医養成コースは未来を見据えた長期的な投資であり、日本の医学界に持続的な力を供給する仕組みでもある。
奈良医大、早稲田、関西医大という枠を超えた連携が形を取り始めて十余年。基礎医学・社会医学の分野で新たに挑戦しようとする若者は、少しずつではあるが着実に増えている。
細井 裕司
奈良県立医科大学
理事長・学長
