親の介護という重い現実に直面しながらも、笑いとユーモアを忘れず発信を続けてきたカータンさん。介護をオープンにする意味、心が折れそうな時期の乗り越え方、そして50代から人生を楽しむための考え方を伺いました。
主婦のリアルな日常をユーモアたっぷりに描くブログ「あたし・主婦の頭の中」で絶大な人気を誇る、人気ブロガーのカータンさん。
『健康以下、介護未満 親のトリセツ』(KADOKAWA刊)や『ビバ 女の古(こ)』(主婦の友社刊)など、親の介護や50代の生き方をテーマにしたコミックエッセイも大きな反響を呼んでいます。
親の老いという重い現実に直面しながらも、なぜカータンさんは明るく前向きでいられるのか。
介護の葛藤を経て、50代の自らを「女の古(こ)」と呼び、人生を謳歌するようになった理由まで。等身大の言葉で語っていただきました。
「恥ずかしいことじゃない」介護をオープンにする勇気

コミックエッセイ『健康以下、介護未満 親のトリセツ』『お母さんは認知症、お父さんは老人ホーム 介護ど真ん中! 親のトリセツ』で、介護のリアルを描いたカータンさん。
――親の介護について発信し始めたきっかけは何だったのでしょうか。
カータンさん(以下、カータン)
2016年頃は介護について発信している人がまだ少なくて、「よく現在進行形で書けるね」と言われることもありました。でも私にとって、介護は一人では抱えきれないほど大きな問題だったんです。
外に発信する。それだけで、少し気が楽になるような、一種のストレス発散になっていたのかもしれません。読者の方から「自分も同じです」という共感をいただけたことも、大きな励みになりました。
――当時は「親が認知症」であることを隠したいという風潮もありましたよね。
カータン そうですね。どこか恥ずかしいという思いがあったのかもしれません。でも、長く生きていれば誰にでも起こりうること。自分もいつか通る道だと思えたとき、隠す必要なんてないと思えるようになりました。
介護も更年期も、いつ始まってどれほど重くなるかは人それぞれ。正解がないからこそ、誰かに話したり、共感し合ったりすることが救いになるのだと思います。
「介護ど真ん中」よりつらかったのは心の準備期間

突然、親の介護に突入したカータンさんが、当時を振り返り、苦労したこと、感謝したことを振り返ってくれました。
――親の変化を目の当たりにするのは、心身ともにハードな経験だったかと思います。
カータン 実際に手がかかる「介護ど真ん中」の時期も大変でしたが、精神的に一番つらかったのは、まだ心の準備ができていなかった「介護未満」の頃でした。 勝手に「90代まで元気にピンピンコロリ」という理想の姿を親に重ねていたんです。
それなのに、まるで触角を取られたアリのように弱々しくなった親の姿を見たときは、本当に切なくて。友人からも親の認知症について相談を受けますが、やはりみなさん、親の老いを受け入れる最初の時期が一番つらそうです。
――特にお母様の認知症の症状には、ショックを受けられたそうですね。
カータン 母がゴミの分別ができなくなったり、台所に放置された鍋を見たりしたときは、怒りよりも切なさが押し寄せてきました。今まで一番の相談相手だった母が、ストレスの原因になっているという現実。
そんなとき、同じ目線で愚痴を言い合える姉の存在は本当にありがたかったです。夫に話しても“きれい事”しか返ってこないことが多いので(笑)、同じ立場で吐き出せる相手がいることは、精神を保つ上で不可欠でした。
――プロのケアマネジャーさんの存在も大きかったとか。
カータン 良いケアマネジャーさんは、本当に神様のように見えます。初めて担当の方と話したとき、50歳を過ぎた私と姉が、子どものようにワンワン泣いてしまったんです。プロの方は、私たちが抱えている悩みのすべてに答えを持っていました。自分たちだけで抱え込まず、プロの力を借りることの大切さを痛感しましたね。

